簡単に言うと寡黙なお父ちゃん。そして、僕自身にとても似ています(笑)。今回、脚本を担当されている藤本(有紀)さんのご指名で正典を演じることになったのですが、正直、役作りらしいことはほとんどしていないんですよ(苦笑)。藤本さんは松重 豊という人間のプライベートの部分までも見抜いてらして、正典という役に反映させているんじゃないかと思うほどです。最近、娘が僕の居ない時に『ちりとてちん』を見ているようなのですが、正典を見ていると、気持ち悪いくらいに家にいる親父そのまんまらしくて。「怒っている様やタイミングが、生々しすぎる」と言われました(笑)。藤本さんとは初対面だったので「ここまでバレているのか…」と正直驚きですね。
今回、夫婦げんかをして糸子さんが家を飛び出していますが、あれは正典が悪い。早く謝れと言いたいですね。あんなに大勢でわいわい暮らしていた和田家も、喜代美が大阪へ、小梅がスペインへ行き、小次郎もいつの間にか出て行ってしまい、糸子まで家出して、ついに正平と二人きりになってしまって…あんなに広い家で寂しすぎる。だから、にぎやかな糸子さんに早く帰って来てほしいんです(苦笑)。
でも、基本的には正典って幸せ者ですよね。あんなおおらかで天然な奥さんを持っていたら、何の問題もないんじゃないかな。見ている方にはきっと「ああいうお母ちゃんを持ったお父ちゃんは幸せだろうな」と思われているんでしょう。僕もそれは正解だと思う。それに、演じる和久井(映見)さんはとってもすてきな方ですし。糸子さんはユニークなキャラクターだと思うのですが、あそこまでやっても全然いやらしくならない。ナチュラルで作為が感じられないですよね。和久井さんとしては、いっぱい乗り越えていらっしゃるものがあるのでしょうが、それを感じさせないというのは、やっぱり役者としてのテクニックだと思うんですよ。本当に感服しています。今回、僕は和久井さんのボケに突っ込みを入れるだけで成立するという得な役回り(笑)。すごく楽をさせてもらっています。
実はこれまで恋愛ドラマの経験がなかったんですよ。そういう話には無縁のところで生きてきて、気づいたらお父ちゃん役をするようになっていたので…。だから、リベンジだと思って(笑)。楽しんで青春をおう歌しました。
今回は、初めて恋愛物に挑戦するというだけでなく20年前の正典を演じなくてはならないというもう一つのハードルがありました。僕は大体実年齢よりも上の役をやることが多い役者で、若い役っていうのがなかなか想像できなかったんです。だから、いろいろアイデアを出して、少しずつ若い正典像を作っていった。草々くんの若い頃みたいにボンバーヘアにしようと思ったり、ヒッピーという案もあったんですよ。さすがに塗箸(ぬりばし)職人を目指す若者がヒッピーはないだろうということになり、結局、当時流行っていたロックバンドにあこがれていたというイメージで、リーゼントにつなぎの衣装ということになりました。魚屋食堂の幸助さんもリーゼントにしてるし「当時あの地方で流行したんじゃないかな」って(笑)。そんな想像で若き正典が誕生したわけです。
連続テレビ小説というのは、食卓で交わされる会話が一番本質的な部分という気がしているんです。笑っていたり、けんかしていたり、悲しい話をしていたり。食卓のシーンを見ていただければどんなドラマなのか、だいたいの雰囲気は伝わる気がして…。だから、僕にとっては食卓のシーンが一番印象的。今は和田家の居間がどこよりも一番くつろげる場所なんです。
それから塗箸のシーン。実際に小浜で工房をかまえていらっしゃる職人さんに、ずっとついていただいているのですが、これまで知らなかった塗箸の知識をたくさん教えていただきました。複雑な工程を経て、きれいな模様を出していること、一膳(いちぜん)作るのに半年もの時間をかけること。ふだん何気なく使っていたお箸のことを改めて見直す機会になりました。
米倉斉加年さんが演じた正太郎の言葉「研いで出てくるもんは塗り重ねたもんだけ。一生懸命生きていたら悩んだことも落ち込んだこともきれいな模様になって出てくる」。塗箸というのは、それに尽きると思うんです。やっぱり藤本さんは絶妙なセリフを書かれる。その言葉は僕らの仕事に通じるところもあると感じています。
もう、総合芸術です。僕は『ちりとてちん』という作品を作るなかで、どのパートも欠けてはならないし、どのパートも最高の仕事をしていると思うんですよ。リップサービスに聞こえるかもしれないけど、毎回見て、笑って泣いて感動して「うわっ、次の展開を知りたい」って心から思いますし、誰かがいい芝居をしていると「絶対負けたくない」ってみんなが思ってると感じます。だから、これは藤本さん、出演者、スタッフ含めて、本当に総合芸術を作り上げているんだっていう気がするんですよね。