現在位置:asahi.com>社説 社説2008年05月31日(土曜日)付 自衛隊機見送り―中国の心をくみ支援を四川大地震の救援のため、日本政府が検討していた自衛隊機で支援物資を中国に運ぶという案が見送られた。中国国内で自衛隊機の受け入れに反発があることを考慮したもので、代わりに民間のチャーター機が使われる。 自衛隊機の派遣が実現していたら、日中関係にとって歴史的な出来事になったろう。旧日本軍が中国大陸を侵略したことから、中国の人々には、日本に対して複雑な感情がある。それでも被災者救援のためならばと、過去を乗り越えて自衛隊機を受け入れてくれれば、日中のきずなはさらに強まる。 しかし、自衛隊機派遣を伝える日本の報道に対し、中国国内のインターネット上で賛否が大きく割れた。中国政府内部の意見も複雑だった。 歴史の傷は、癒えるのに時間がかかる。中国の国民の間には、日の丸をつけた飛行機が来ることを歓迎しない人もいるだろう。被災地に近い重慶は、日本が戦争中に度重なる爆撃をした場所である。中国側の気持ちを尊重して、見送りを決めた判断は正しかったと思う。 それにしても、一時とはいえ、両政府間で自衛隊機の活用が選択肢として議論されたことは、従来の日中間では考えられないことだった。 その背景には、首脳の相互訪問を柱とする関係改善の積み重ねがある。地震直前の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席の訪日では、胡主席と福田首相が災害救援や国連平和維持活動で協力の可能性を検討するとしていた。 防衛交流も昨年から進んでいる。中国の軍艦が昨年11月に初めて日本を訪れた。6月には海上自衛隊の護衛艦が中国を訪問する予定だ。今回の自衛隊機派遣の検討も、こうした防衛当局間のつながりがあったからだ。 だからこそ、今回の派遣見送りが日中間の交流を滞らせることになってはいけない。今後も、こうした交流をひとつずつ確実に進めていき、両国民の相互の信頼を高めていくべきだ。 今回の日本の対応で気がかりなことがある。中国の事情を考えると、細心の上にも細心の注意を払って進めるべき問題なのに、自衛隊機の派遣にあまりにも前のめりになりすぎなかっただろうか。 いま日本がすべきことは、地震への救援に最善を尽くすことだ。陸上自衛隊は大量のテントの提供を渋っているようだが、ここは送れるものはできるだけ多く送るべきだ。自治体などで備蓄しているものも活用したい。 さらに医療や防疫、仮設住宅の建設など様々な分野で日本が協力できることがたくさんあるはずだ。 日中間には、安全保障や食の安全など難題がいくつもある。だが、苦しい時には助け合うという隣人としての原点を改めて思い起こしたい。 クラスター爆弾―鮮やかな首相の禁止決断爆発しそこなった多くの子爆弾が紛争終結後も残り、一般市民を殺傷するのがクラスター爆弾の怖さである。 この非人道的兵器のほとんどの型を禁止する条約が、ダブリンでの国際会議で採択された。禁止に二の足を踏んできた日本政府が、最終日に条約受け入れを表明した。 人道面と安全保障面のバランスを考えることが必要だ。これが従来の日本の立場だった。人道的な問題はあるが、上陸侵攻への「抑止力」としてクラスター爆弾は捨てがたいとの意見が防衛省、自衛隊で強かった。条約受け入れは、こうした反対を押し切っての福田首相の決断である。 1997年に対人地雷禁止条約が採択された時、地雷を持っていた日本は参加をためらった。だが、外相になった小渕恵三氏の一声で、条約署名へとかじが切られた。日本は地雷の被害者への支援策も積極的に打ち出し、国際社会から高い評価を受けた。 福田首相の決断はそれに並ぶ。とかく「官僚に近い」と言われる首相だが、今回は国際社会の動向や人道主義の流れなどを踏まえて、政治主導の重みを示して見せた。 条約では、不発弾率が高い従来のクラスター爆弾を禁止している。不発率が極めて低いとされる新型は禁じていないが、既存の爆弾のほとんどが禁止対象で、ほぼ全面禁止の内容だ。日本が条約に加盟すれば、自衛隊が持っているクラスター爆弾は全廃する。 この問題では、政界の風向きも変わっていた。公明党の浜四津敏子代表代行が先週、首相を訪ねて全面禁止を求めた。クラスター爆弾禁止を促す超党派の議員連盟(会長・河野洋平衆院議長)も発足し、自民党の中川秀直元幹事長や民主党の鳩山由紀夫幹事長ら有力議員が名を連ねた。首相の判断はこうした流れも感じてのことだろう。その意味でも政治が動いた結果だ。 条約にはクラスター爆弾を保有する米国、中国、ロシアなどが背を向けている。だが条約が発効し、世界の大半の国が参加すれば、保有国への圧力になり、やがては全廃につながることが期待される。 福田首相は明日から欧州を訪問する。条約に賛成している英仏独との首脳会談も予定されている。多くの国の条約参加、被害者の救援、紛争地に残る不発弾の除去などを急ぐために国際協調を強めてもらいたい。 地雷禁止の時と同じように、今回も欧州などの中堅国家と国際NGOネットワークの連携が条約づくりの原動力となった。 日本では地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)が政府や国会議員に粘り強く働きかけてきた。首相の決断の背景に、こうしたNGOの地道な活動があったことも忘れてはならない。 PR情報 |
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