「平沼新党」に触手 小沢の周到な戦略
2008年5月27日 読売ウイークリー
政界再編で注目を集めるのが第3極を目指す「平沼新党」だ。できてもいない新党に何ができるかと冷ややかに見る向きもあるが、民主・小沢一郎代表がお得意の分断策を仕掛けた場合、状況が一変する。「元国会議員はもちろん、県議、市議たちから自薦他薦で声をかけられてね、『選挙に出たい』と。実際に会って面接して、これは、という人を選んで応援しているんですよ」
4月21日夜、東京・西麻布の小料理屋の一室。平沼赳夫・元経産相がのどを絞るように話していた。平沼氏を囲んだのは笠浩史、鷲尾英一郎、石関貴史各氏ら7人の民主党衆院議員。いずれも将来の党幹部候補と目されている保守系の若手議員たちである。2時間半にも及ぶ会合で、平沼氏は自らの政治への思いを語り続けた。出席した民主党議員が言う。
「平沼さんはビールグラスにほとんど口をつけず、しゃべりっぱなし。決意に満ち満ちて(新党結成の)腹を固めた、という感じでした。郵政造反派が自民党に復党したとき、『あいさつがなくて寂しかった』と漏らしていたのが印象的でした」
6月15日の会期末を前に通常国会は「消化試合」の様相を呈しているが、そんななか、平沼氏の動向に永田町の関心が注がれている。
平沼氏は5月9日、奈良・吉野町で開かれた村上正邦氏の私塾の勉強会で、
「健全な、新しい保守の第3極が必要だ。私はその方向で努力していきたい」
と、その胸の内を明かした。平沼氏自らが語るように、今、全国から平沼氏の元に「平沼さんの新党から選挙に出たい」、とラブコールが寄せられているという。吉野町での発言を取材した政治ジャーナリストの山村明義氏が言う。
「平沼さんは、結構前のめりになっていましたね。『平沼新党』は、後期高齢者医療制度への反発で、自民党から離れた保守層のお年寄りの受け皿になると思います。一昨年、脳梗塞で倒れましたが、もう健康面も問題ないでしょう。宿舎近くの吉水神社の急勾配の坂を駆け上がってましたから」
新党結成となれば、公認料や供託金の工面などで一定の資金が必要だ。1993年に新党さきがけが旗揚げした際は、「4億円を用意した。うち2億円は借金だったけど、衆院に小選挙区制が導入された今でも最低3億円はかかる」(当時のさきがけ首脳)という。
その点、平沼氏は盤石だ。平沼氏の資金管理団体の2006年の収入は3億1180万円。
「自民党を離党して減るのかと思ったら、おかげさまで全国会議員中、無所属ながら上から3番目です」(平沼氏)
平沼氏はこの中から静岡7区で落選した郵政造反組の城内実氏などに対し、手厚い支援をしている。
そうした資金力への期待もあってか、
「平沼さんが新党結成で一声かけると元議員も含めて30人ぐらいは集まるといいます」(山村氏)。
「平沼新党」の政策や政治理念はどうか。平沼氏は「タカ派色が強い」と言われる。
吉野での講演では、小泉、竹中の構造改革路線を「中世なら火あぶりだ」と真っ向から批判。返す刀で与謝野馨・前官房長官らの財政再建派の経済政策を「陰々滅々の話ばかりで夢がなく暗い気持ちになる」と切り捨てた。幅広い層の支持を集めるためか、
「環境産業の育成や減税の必要性を説き、持ち前の国家主義的な政治理念より、経済政策を前面に打ち出しているような感じを受けました」(出席者)というのである。
こうしたことから、リベラル色の強い元国会議員らも「環境産業の育成では平沼さんと一致できる」と「平沼新党」に期待を寄せ、平沼氏と接触している。
そうした平沼氏の動向に、ピリピリしているのが自民党の司令塔、伊吹文明・幹事長だ。平沼氏は5月8日、国民新党の綿貫民輔代表らと会合し、政策勉強会「野人の会」(仮称)を結成することを決めたが、伊吹氏には、政界再編に向け、その「野人の会」が「反自民」に軸足を移すのではないかという危機感がある。自民党関係者が言う。
「伊吹さんは、今のままだと次の衆院選で自民党は100議席近く減らすと見ていますが、公明党に頼らないで何とか過半数を維持したいという考えです。公明党の発言力が大きくなると社会保障や教育に金がかかるからです。国民新党や新党大地、『平沼新党』、保守系無所属を加えた3党で過半数維持が目標です。平沼、綿貫両氏が反自民陣営に行くと困るわけです」
そのため、伊吹氏は平沼、綿貫両氏の発言や動向の把握に余念がない。
伊吹氏らが神経を尖らせるのにもう一つ、大きな理由がある。
「民主党の小沢一郎代表の影」である。ちなみに冒頭に紹介した、平沼氏と会合した笠氏らは、小沢氏に近い議員たちである。民主党幹部が明かす。
「小沢さんは、平沼さんを自民党切り崩し、分断のための大切なカードと考えているはずだ。かつて小沢さんは、自民党にいた渡辺美智雄・元外相、海部俊樹・元首相を担ぎ出しに動きました。お得意の戦術です」
94年4月の「細川退陣劇」で当時、新生党代表幹事だった小沢氏は渡辺氏に、
「自民党から50〜60人連れてきてくれれば首相だ」
と促し、誘いに乗った渡辺氏はいったん自民党離党表明した経緯がある。小沢氏は2か月後の村山政権発足時にも今度は、海部氏を対立候補に擁立、自民党の分裂を誘った。そして「今度は平沼氏で同じことをやるのでは」というのだ。平沼氏は依然、自民党内に影響力を保持している。民主党の鳩山由紀夫・幹事長も、
「私は、麻生太郎・元外相と議連(地方政府IT推進議連)を作ったけど、麻生さんとは一緒にやれない。しかし平沼さんは違う」と周囲に漏らしている。
大蔵官僚時代は渡辺蔵相秘書官でもあった伊吹氏は当時、渡辺氏の側近議員。間近で小沢氏の分断戦術を見ていた。しかも、村山氏が指名された首相指名選挙では造反して、小沢氏が擁立した海部氏に1票を投じた。触れられたくない思い出だ。それだけに警戒心も強いはずだが……。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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