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2008年05月30日(金曜日)付

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公務員改革―この妥協を歓迎する

 福田首相が号令をかけているのに、与党にやる気が見られない。今国会での成立はとても無理と思われていた国家公務員制度改革基本法案が、衆院を通過した。参院審議をへて、来週にも成立する見通しだ。

 首相の意を受けた与党が、民主党案の多くを丸のみした。一方で、民主党が「天下り禁止」の主張をいったん取り下げたことで妥協が成立し、急転直下、修正に合意した。

 与野党が歩み寄ったのは、どちらも有権者から改革をつぶしたと言われることを恐れたからだ。

 昨秋来のねじれ国会で、与野党の意見が鋭く対立する法案の多くは、衆院の3分の2で再可決されるか、採決が見送られてきた。修正案にはあいまいな部分や先送りされた問題もあるが、とにかく話し合いで合意にこぎ着けたことを評価したい。

 修正案の柱は、「内閣人事局」を設け、ここで幹部人事を一元管理することだ。人事の原案は官房長官がつくる。役所の壁を超えて幹部を異動させることも可能になる。

 政府案は、内閣に「人事庁」を新設し、人事の原案は各省がつくるというものだった。当初の構想から骨抜きにされた政府案に比べれば、修正案はいまの各省ごとの閉鎖的な人事制度に風穴を開け、縦割り体制を打ち破る可能性を持っている。

 このほか修正案では、政府案にあった政治家と官僚の接触制限が削除された。労働条件を話し合いで決める協約締結権を一般の公務員にも与えることについては、政府案よりも前向きな姿勢を示した。

 いまの公務員制度の弊害は、すでに語り尽くされた感がある。

 長く続いてきた自民党政権のもとでの政官業のもたれあいは、行政を大きくゆがめている。道路特定財源を温存し、族議員と国土交通省が思いのままに予算を使ってきたのはその典型だ。

 一方で、経済のグローバル化や少子高齢化への機敏な対応を阻んでいるのが、各省の縦割り体制や省益優先の体質である。

 そうした弊害は、政権交代が繰り返されることで改められる部分もあるだろうが、併せて徹底的な制度改革を進めなければ、克服できない。

 今回の基本法案は、方向性を定めただけだ。改革が狙い通りに進むかどうかは、今後の制度設計にかかっている。昨年の法改正で新設が決まった「官民人材交流センター」による天下りあっせんも再考する必要がある。

 公務員制度改革は、政府の権限や財源を自治体に移す地方分権と相まって、国の統治のあり方を見直す大改革の一部だ。今回の合意は、その第一歩にすぎない。これからの知恵の出し方が与野党の本当の競い合いである。

介護の人材―賃金の改善を最優先に

 「来年4月までに、必要があると認めるときは、必要な措置を講じるものとする」

 何ともとぼけた表現の法律が今国会で成立した。介護を担う優れた人材を確保するための法律なのだが、条文はたった1条だけで、中身がない。

 介護の現場の人手不足は深刻さを増す一方だ。現在100万人あまりが働いているが、毎年20%が辞めていく。景気が回復している都市部が特にひどい。介護保険が始まった00年以来、増え続けてきた訪問介護の事業所も、人が集まらないのと経営難で、去年12月ごろから減少に転じている。

 不安なのは、介護福祉士を養成する各地の専門学校や大学で定員割れが続いていることだ。

 厚生労働省によると、07年4月の定員合計2万6千人に対し、入学者は64%にすぎない。07年度中に12校が養成課程を閉鎖した。若者が介護の職場をめざそうとしなくなったのだ。

 介護職員の平均月収は20万円あまり。重労働なのに、他の仕事より10万円以上低い。介護保険制度研究会の調査では「賃金が低い」が退職理由の1位で、他を大きく引き離している。身分も不安定で半数近くが非正社員だ。多くがワーキングプアのような状態に置かれて、将来の夢が描けない。

 介護職員の人件費を含め、介護サービスにかかる費用は政府が決める介護報酬でまかなわれている。

 介護保険の利用者が年々ふえ、介護報酬の総額がふくらみ続ける。それを抑えようと、厚労省は2度にわたって介護報酬を引き下げた。賃金が低いのは、それが原因だ。財政面にばかり気を取られているうちに、担い手が次々に逃げ出している。

 現在410万人いる要介護認定者が10年後には600万人を超える。少なくともあと50万人の介護職員が必要だ。このままでは、せっかくの介護保険制度が人材面から崩壊しかねない。

 法律がいう「必要な措置」の最優先は、賃金を上げることだ。介護報酬を上げたうえで、値上げ分が確実に人件費へ回るよう工夫したい。

 問題は財源だ。介護報酬は、9割を保険料と税金から支出し、1割を利用者が負担する。保険料も自己負担も限界に近いので、ここは税金からの支出を考えざるをえない。そのために、予算配分を見直す必要がある。

 世界で例のないスピードで高齢化が進む。限られた予算をこれまでと同じ配分でダムや河川や道路などに使うのか、介護や医療、教育へ大胆に移すのか。国民も選択を迫られている。

 もしそれでも足りなくなったら、増税も避けられなくなるだろう。

 介護の担い手とサービスを守るためには、私たちも少し、ふところを痛める覚悟が必要かもしれない。

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