吉兆の件に思うこと
吉兆での料理の使いまわし。「企業モラルは何処へ」やら、「もったいない」、「またか・・・」やら、いろんな言葉が飛び交いましたが、例の女将さんに対する好悪感情はさておいて、一連の事件で感じたことを改めて考えてみたいと思います。メディア報道では、一段落ついた観のある今だからこそ、書けるような気がしました。
「またやったか!」、「ふてぶてしい」やら、いろんな感想を周りで聞きました。そんな中、なるほどな・・・と感じた感想がありました。「もったいない・・・という感じ方は、実は一理あるのかもね」。
誤解を生じないように書いておきますが、この感想をおっしゃった方は、決して吉兆を擁護する意味でこの言葉を口にしたわけではありません。他の客の膳に出したものを、別の客の膳に出すことは、到底許されないことを理解したうえでの発言と考えてください。
ならば、何故ゆえに「もったいない・・・には一理あるかも」とその方はおっしゃったのか。その言葉には、どんな意味があるのでしょうか。
この方、実は途上国支援を長年やられてきたベテランの方なんです。前にスリランカで、食品残渣などのごみ資源を活用したリサイクル事業の構築を準備していることは書いたとおりですが、このプロジェクトの準備に多大な支援を寄せられている方でもあります。
このリサイクル事業で鍵なのが、実はホテルから出てくるごみを回収できるのかという点にあります。ホテルなどの観光施設の周りには、その食品残渣で生活している世帯が実はたくさん存在しているからなんです。
当然ですが、それと吉兆の使い回しを比べるなんて、出来ませんし、あり得ないことです。しかし、かつては、確かに、「もったいない」という言葉で世間が納得できた時代もあったんでしょうね。赤福の件も、似たようなことを担当者が述べていたように覚えています。「もったいないと思った。まだ使えるかと思った」。
そもそも、このような事件がおきた中で、「もったいない」という言葉を聞いても、当然言い訳にしか聞こえません。それ以上に、使い回しが事件性を帯びた際に、「もったいない」という言葉を口に出すことができる背景を考えてみてもいいのではないでしょうか。
お客さんや一般の視聴者が聞いて「えぇ!?」と思うような言葉を、つい口に出してしまうという背景。ここからは推測なんですが、一昔前には、食品を扱う職場でさえ、衛生以上に使いまわすということが重宝されていた時代があったのでしょう。購入するほうも、それを普通に感じていた時代。
さて、今の時代、衛生という観念は、特に食品業界では最重要に大切な言葉です。しかし、「もったいない」という精神を風化させていいわけではありません。だからといって、今回のような使い回しはもってのほかです。
要は、「もったいない」という精神を、時代にあわせて出し方を変えていくという努力が大事なのではないでしょうか。使いまわす以外に、もっと他の使い道が無かったか、考えてみる、実はこれが時代にあった企業CSRの構築につながっていくヒントだったりします。
そして、それが本当の意味での食品のトレーサビリティーの構築につながるのだと思います。食品がどのように生産され、どのような流通ルートを経てきたのかを明らかにするのではなく、ごみとなった食品残渣がその後どのように活用されているのかも明らかにする努力をする。
日本では、誰が作ったかを示すだけでトレーサビリティーを実施していると勘違いされているところが多いようですが、実際のトレーサビリティーとは、販売から使用、そしてその後を全て追跡できるシステムの構築を指しています。だからこそ、Traceability(追跡可能性)なのです。
「もったいない」という精神は、今でも非常に大切な概念だと思います。食品業界の方たちには、今回のように、報道をみた人たちが「ん?」という反応で受け止めるのではなく、納得のいくかたちで、この精神を表現して頂きたいと思いますし、自身も食品業界に深くコミットしている立場として、是非表現していきたいと思っています。(坂井)
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コメント
そんな吉兆も廃業だそうで。
今日の13時から会見らしいですね。
CSRを軽視すると会社が潰れるという良い(?)事例になったわけですね。
投稿 竹井 | 2008年5月28日 (水) 10時47分
スナックの乾き物や安い飲食店での使い回しは
当たり前と知ってました。
だから外食では大葉とかつまとか一切手をつけないようにしてます。
企業の利益至上主義を知ってるので
吉兆のことも別に驚かなかったし
使い回しをちゃんと陽のあたるところに出してあげる機会にしたいですね
そのための捨石になるなら、船場吉兆も、つぶれがい?があります
投稿 大浦 | 2008年5月28日 (水) 13時19分
>スナックの乾き物や安い飲食店での使い回しは
>当たり前と知ってました。
そうなんですか!?
僕は、20年くらい前で飲食関係の仕事もしていて、レストラン・バーなど数店、プロデュースもしていましたが、どこも使い回しなんかしてなかったですよ〜
皿を運ぶときにうっかり床に落としたパセリとかレタスも、洗って何食わぬ顔で出す、なんてことも、もちろんなかったです。全部、破棄です。
いつから日本の飲食店は使い回しが当たり前になったんでしょうねえ?(泣)
というか、使い回しという言い方もどうなんでしょう。
他の客が食べ残したもの、それは残飯です。
メディアもハッキリと、残飯を客に出してたと報じれば、人々が受ける印象ももっと違ったものになってたんでしょうね。
投稿 竹井 | 2008年5月29日 (木) 01時33分
メディアでは、「使いまわしを他のお客に出していた」という企業倫理の部分が焦点になることが多いですが、大量の残飯を常に出し続けるシステムそのものが、この機会で語られることは、ほとんど無いですね。
企業CSRに携わっている立場からすると、「企業倫理をおろそかにした→廃業」ではなく、むしろ「企業の無形資産=コーポレートレピュテーションをおろそかにした→廃業」という構図のほうが、しっくりします。
どんなに確立したブランドでも、企業の無形資産が崩れると、いとも簡単に崩壊してしまうということを、まざまざと見せ付けられたように思います。
「大量の残飯を吐き出すシステムに対して、うちではこんな取組をしています」ということを如何に示していくか、私は実はここに一つのヒントがあるのではと思っています。
今、新しく準備中の事業ですが、大量に廃棄される廃油を活用したビジネスというのがあります。これもいずれ、御紹介出来ればと思います。
投稿 坂井 | 2008年5月29日 (木) 11時27分