東京農業大学
東京農業大学(とうきょうのうぎょうだいがく、英称:Tokyo University of Agriculture)は、東京都世田谷区桜丘に本部を置く私立大学。学長は2005年8月現在、バイオサイエンス学科教授の大澤貫寿(おおさわ かんじゅ)。
目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 キャンパス
4 交通アクセス
5 学部・学科
6 大学院
7 短期大学部
8 農場
9 研究機関
10 付属高校
11 著名な出身者
11.1 教職員
11.2 研究
11.3 農林水産
11.4 政治
11.5 経済
11.6 文学
11.7 芸能
11.8 スポーツ
12 その他
13 外部リンク
概要
明治24年1891年創設、創設者は徳川最後の幕臣榎本武揚である。
学校の設置者は学校法人東京農業大学。東京農業大学各校のほかに東京情報大学を設置している。
日本最初の私立農学校。日本で唯一農学を専門的に扱う大学である。略称は「農大」もしくは「東京農大」。近年マスコミなどで「東農大」と略されることが多いが、関係者はこの略称をほとんど使用しない。
初代学長である横井時敬の言葉、「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」「人物を畑に還す」による「実学主義」を建学の精神とする。この他、「質実剛健」(しつじつごうけん)「独立不覊」(どくりつふき)「自彊不息」(じきょうやまず)といった言葉にも表されている。
箱根駅伝での青山ほとり(大根踊り)が有名。
日本で唯一の醸造学科がある。
初代学長横井時敬は官吏の養成よりも農民に対する教育が必要であると考え、そのための「実学」が重要であるとした。
沿革
1891年 子爵榎本武揚により旧幕臣の子弟に対する英才教育を目的に、徳川育英会育英黌農業科を東京市麹町区(現・千代田区)飯田町河岸に創設。
1892年 小石川区(現・文京区)大塚窪町に移転。
1893年 徳川育英会育英黌農業科を東京農学校と改称、1,28haの農地を取得。第1回卒業式挙行。
1894年 建学の理念確立『人物を畑に還す』
1897年 豊多摩郡渋谷村(現・渋谷区・常磐松)常盤松御料地に移転。
1901年 大日本農会付属東京高等農学校と改称。
1903年 専門学校令による認可を受ける。
1905年 農商務省 から耕地整理講習部設置委託の依命を受ける。
1907年 収穫祭の前身、第1回運動会の開催。
1911年 東京農業大学と改称し、初代学長に明治農学の第1人者横井時敬就任。
1916年 用賀農場設置。
1924年 大学構内に東京高等造園学校を設立。
1921年 第2回箱根駅伝 への参加。
1925年 大学令による東京農業大学を設立。農業部農業科及び予科を設置。専門学校令による東京農業大学を東京農業大学専門部と改称し、農学科・農芸化学科を置く。
1927年 学歌制定 尾上柴舟作詞 山田耕作作曲
1937年 専門部に農業拓殖科増設。農学部に農業経済学科増設。
1940年 専門部に農業工学科、農村経済学科増設。
1942年 東京高等造園学校を併合し、専門部に造園科設置。
1945年 農学部に農芸化学科、農業土木科増設。戦災により渋谷校舎焼失、終戦とともに樺太農場、満州農場を失う。
1946年 世田谷の旧陸軍機甲整備学校跡地現・世田谷キャンパスに移転。千葉農学部設置。
1949年 新制東京農業大学となり農学部に農学科・林学科・畜産学科・農業化学科・農業工学科・農業経済学科・緑地学科・協同組合学科を設置。
1960年 厚木農場設置。
1950年 東京農業大学短期大学部を併設。
1952年 戦後最初の収穫祭開催。青山ほとり「大根踊り」誕生。
1989年 北海道網走市にオホーツクキャンパスを開設、生物産業学部を設置
1998年 農学部を改組し応用生物科学部・地域環境科学部・国際食料情報学部を設置、厚木キャンパスを開設
2004年『食と農の博物館』(併設:財団法人進化生物学研究所)を世田谷区用賀に開設
キャンパス
世田谷キャンパス(東京都世田谷区桜丘)
応用生物科学部
地域環境科学部
国際食料情報学部
短期大学部
厚木キャンパス(神奈川県厚木市船子)
農学部
オホーツクキャンパス(北海道網走市八坂)
生物産業学部
交通アクセス
世田谷キャンパス
小田急小田原線経堂駅から徒歩15分
東急田園都市線用賀駅から徒歩20分
厚木キャンパス
小田急小田原線本厚木駅からバス15分
オホーツクキャンパス
石北本線網走駅からバス30分
学部・学科
農学部
農学科
畜産学科
バイオセラピー学科(2006年度から)
応用生物科学部
バイオサイエンス学科
生物応用化学科
醸造科学科
栄養科学科
食品栄養学専攻
管理栄養士専攻
地域環境科学部
森林総合科学科
生産環境工学科
造園科学科
国際食料情報学部
国際農業開発学科
食料環境経済学科
国際バイオビジネス学科
生物産業学部
生物生産学科
食品科学科
畜産学科産業経営学科
アクアバイオ学科(2006年度から)
大学院
農学研究科(博士課程)
生物産業学研究科(博士課程)
短期大学部
生物生産技術学科
環境緑地学科
醸造学科
栄養学科
農場
厚木農場
植物園
二宮柑橘園
富士農場
網走寒冷地農場
宮古亜熱帯農場
奥多摩演習林
群馬分収林
研究機関
総合研究所
生物資源開発研究所
ハイテクリサーチセンター
ロボット農業リサーチセンター
リサイクル研究センター
バイオマスエネルギーセンター
食品加工技術センター
「食」と「農」の博物館
アイソトープセンター
付属高校
東京農業大学第一高等学校(東京都世田谷区)
東京農業大学第二高等学校(群馬県高崎市)
東京農業大学第三高等学校(埼玉県東松山市)
著名な出身者
以下分野別に記載。
教職員
進士五十八 - 地域環境科学部教授・前学長
小泉武夫 - 応用生物科学部教授
河野友宏 - 応用生物科学部教授
高野克己 - 応用生物科学部教授
栗本慎一郎 - 国際食料情報学部教授
湯浅浩史 - 短期大学部環境緑地学科教授
研究
甲野善紀 - 古武術研究家
宮沢厚 - アニマルトレーナー
実吉達郎 - 動物研究家
高松圭吉 - 元農業経済学科教授、元相模女子大学理事長
農林水産
澁澤寿一 - NPO法人樹木環境ネットワーク専務理事
江尻光一 - 園芸家(NHK「趣味の園芸」講師など)
涌井雅之 - 造園家・コメンテーター・評論家・桐蔭横浜大学教授
政治
金丸信 - 政治家、自民党元副総裁、副総理
佐藤隆 - 政治家、自民党竹下内閣の農林水産大臣
上杉光弘 - 政治家、自民党元参議院議員、元自治大臣
経済
今井教文 - ロイヤルホールディングス(株)社長
松平保定 - 会津松平家13代目当主、元農林中央金庫 庶務部管理役
文学
旭陽瑞穂 - 日米文化交流親善大使、エッセイスト(JOC作文オリンピックゴールドメダル賞・日本1位)
桑原史成 - ドキュメンタリー作家
芸能
永井大 - 俳優・ボクシング選手
スポーツ
稲嶺誉 - プロ野球選手(ダイエー・ソフトバンク)
小森孝憲 - プロ野球選手 (ヤクルト)
島田一輝 - 元プロ野球選手(日本ハム)、現・日本ハム打撃コーチ
徳元敏 - プロ野球選手(オリックス→東北楽天)
福川将和 - プロ野球選手(ヤクルト)
渡辺恒樹 - プロ野球選手(東北楽天)
片平晋作 - 元プロ野球選手(南海→西武→横浜大洋)、現・西武編成部長
橋本武広 - 元プロ野球選手(ダイエー→西武→阪神→ロッテ)
豊山勝男 - 元大相撲力士(最高位:大関)、前・日本相撲協会理事長、先代・時津風親方
豊山広光 - 元大相撲力士(最高位:小結)、現・湊親方
市ノ渡三四四 - 元大相撲力士(最高位:十両)
時津海正博 - 大相撲力士(時津風部屋所属)
霜鳥典雄 - 大相撲力士(時津風部屋所属)
時天空慶晃 - 大相撲力士(時津風部屋所属)
泉田純 - プロレスラー※中退
石崎信弘 - 元サッカー選手(東芝)、現・柏レイソル監督
その他
マウスの卵子だけを操作してマウスの子どもを誕生させることに成功して話題になった。
1946年に世田谷キャンパスに移転する以前は、現在青山学院大学が所在する場所渋谷区常盤松に学舎(常磐松学舎)があった。その名残として大根踊りの正式名称は『青山ほとり』といい、歌詞に「青山」「常磐松」の地名が使われている。
硬式野球部は東京(世田谷・厚木)と生物産業学部(北海道)の二つ存在するため、それぞれの地域の野球連盟に所属している。また、ドラフト会議では東京の硬式野球部に所属する選手を『東京農大』(東農大)、生物産業学部の硬式野球部に所属する選手を『東京農大生産学部』(東農大生産学部)と表記して区別している。このように学部まで表記している他の大学は日本大学生物資源科学部硬式野球部や近畿大学工学部硬式野球部がある。
また、さいたま市桜区の運動場は、近年Jリーグ・浦和レッズの練習会場として使用していたが、練習場の移転に伴い2004年に同運動場を所有していた地元の地主からレッズがその用地を借り上げて、レッズランドとして整備されるようになった。(詳細は当該項参照)
学歌は童謡『赤とんぼ』を作曲した山田耕筰が、1925年に作曲したものである。作詞は尾上柴舟。
世田谷キャンパスの正門の東京農業大学および東京農業大学短期大学部の看板は彫刻家棟方志功が毛筆にて書いたものを彫りおこしたもの。一度盗難にあったことがある。
伝統的に國學院大學との関係が深く、体育団体では対抗戦である「農国戦」が広く行われている。
コミュニティ放送局エフエム世田谷で、『東京農大インフォメーション』を放送している。(毎週金曜10:15〜)
2005年12月24日 21:11