農薬自殺を図った救急患者の嘔吐(おうと)物から発生した有毒ガスが医師、患者らに2次被害を引き起こした熊本赤十字病院(熊本市)の事故は、救急医療の現場が常に危険と隣り合わせにある現実を浮かび上がらせた。事故から28日で1週間。九州の救命救急センターには、マニュアルを見直すなど再発防止策を急ぐところも少なくない。ただ、どんな患者が搬送されるか予測がつかないだけに対応は一様ではなく、苦悩がにじむ。
熊本赤十字病院では、医師や職員から聞き取りをして問題点を洗い出す作業が続く。最終的にはマニュアルを見直す方針だが、当面はどんな毒物を飲んだか不明な患者は個室に隔離して初期治療にあたることにした。
熊本医療センター(熊本市)やアルメイダ病院(大分市)などは、事故を受けてマニュアルの整備に着手。熊本医療センターは防毒マスクを急きょ発注し、配備した。
患者搬送の運用を見直したのは佐賀県立病院好生館(佐賀市)。異臭がひどく危険が察知される患者は病院の玄関で対応することに。北九州総合病院(北九州市)と北九州市立八幡病院は消防と協議し、硫化水素自殺も含めた2次被害の危険がある場合は、患者を十分に除染してからの院内搬入を申し合わせた。
しかし、無味無臭の毒物を飲んだ患者の発生などどんな事態が起きるかは知れず、2次被害対策に特効薬はない。
加えて「救急医療は常に赤字で、マスクを買うなど予算に余裕はとてもない」(ある救命救急センター長)という病院も少なくない。換気の強化など設備を抜本的に見直す動きは、前年度施工した宮崎県立宮崎病院(宮崎市)や、病棟の新築計画がある久留米大学病院(福岡県久留米市)などわずかだ。
自殺を図る患者は精神的な問題を抱えていることが多い。九州大学病院(福岡市)は統合失調症やうつ病などの人が大けがをしたり、心臓や脳の病気をした場合、24時間態勢で受け入れる専用のセンターを新設の予定だが、こんな動きも九州では限られている。
佐賀大学病院(佐賀市)の瀧健治・救命救急センター長は、マスクなどによる対策のみでは限界があるとした上で「スタッフの努力だけに頼るのではなく、設備などの環境改善を真剣に考えないと抜本的な解決にはならない」と話している。
=2008/05/29付 西日本新聞朝刊=