昨年四月、選挙運動中だった長崎市の伊藤一長市長を射殺したとして、殺人や公選法違反(選挙の自由妨害)などの罪に問われた暴力団幹部に対し、長崎地裁は求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は判決を不服として控訴した。
被害者が一人で、殺人の前科がない被告に対する死刑判決は異例だ。銃器を使った凶悪犯罪に対しては厳罰で臨む姿勢を示したものといえる。
松尾嘉倫裁判長は、犯行を「冷酷、残虐で卑劣極まりない。銃犯罪の恐怖を全国に広げ、自治体の不安を増大させた。選挙権の行使を妨害し、民主主義を根底から揺るがす行為だ」と非難した。
事件が起きたのは昨年四月十七日だ。JR長崎駅前の選挙事務所に戻ろうとした伊藤前市長に、被告は至近距離から拳銃で二発撃ち、死亡させた。被爆地長崎の代表として、国内外で平和を訴えてきた現職市長が市長選の最中に射殺された事件は、社会に大きな衝撃を与えた。
判決理由で松尾裁判長は「被害者に命を奪われる理由は何一つない。暴力団の銃犯罪の典型で、行政対象暴力として類例のない極めて悪質な犯行だ」と指摘した。
焦点だった犯行の動機については「市道での車の事故に絡む補償金も市から得られず、自暴自棄になっていた」とした上で、「メンツとプライドを失い、市に対して募らせた憤まんをトップである市長への怒りに変え、四選を阻止することで恨みを晴らすとともに、世の中を震撼(しんかん)させる事件を起こして自らの力を誇示したいと考えた」と述べた。
弁護側は最終弁論で「殺意は犯行直前に生じた」と計画性を否定していたが、判決は「待ち伏せた上、ちゅうちょすることなく射殺しており、かなり以前から計画し犯行に臨んだと考えるのが自然だ」と指摘し、強固な殺意を認定した。
今回の判決は、検察側が「まさに『選挙テロ』」と指摘した社会的影響の大きさを重視し、民主主義の根幹への挑戦であることが厳しく断罪されたといえよう。
長崎市長射殺事件は、自治体に不当要求を突きつける「行政対象暴力」の実態を浮き彫りにし、法改正が進む契機になった。
また、相次ぐ暴力団による銃犯罪の厳罰化にもつながった。政治家が暴力にさらされ、自由に活動できないようでは民主社会は成り立つまい。
ましてや、銃器を使ってのテロ行為は断じて許されるものではない。判決の重みをかみしめたい。
過労による自殺が最悪になるなど、二、三十代を中心に精神疾患の労災認定が広がっていることが厚生労働省のまとめで分かった。職場や家庭はもちろん社会全体で危機意識を共有し、対策を強化する必要がある。
厚労省によると、二〇〇七年度に過労が原因でうつ病などの精神疾患にかかり自殺(未遂を含む)したとして、労災認定された人は八十一人に上った。前年度より十五人増え、二年連続で過去最悪を更新した。特にこの二年間で倍になるという急増ぶりで、事態は深刻だ。
自殺を含む精神疾患全体の労災認定者は前年度に比べ30%増の二百六十八人で、こちらも過去最多となった。年代別の内訳は三十代が37%で最も多く、二十代25%、四十代23%と続き、若い世代が目立った。
背景には職場の環境変化があろう。経済のグローバル化が進む中、企業は人件費削減や業務の効率化を加速してきた。中高年を主体にしたリストラとともに非正規社員が増えたあおりで、中堅や若手社員の負担が重くなっているとされる。
最近では「名ばかり管理職」の問題も表面化している。残業代が出ないうえ、長時間労働を強いられる人のことだ。ファストフードの店長など若者が多いといわれる。
働き過ぎが原因で脳や心臓疾患を発症して死亡する過労死も依然として多い。過労自殺の急増が加わり、働く人たちが仕事に追いまくられ、心身共に病んでいる厳しい現実が浮き彫りになったといえる。
企業には安心して働ける職場づくりこそ社員のやる気を引き出し、それが会社の利益につながるという認識を深めてもらいたい。長時間労働の是正などとともに、相談や健康診断体制の充実が急務である。
(2008年5月27日掲載)