女声を得る

女を磨け

女性としての生活を望む人にとってひとつの障害となるのが声です。
男性と女性の声は大きく異なるため、いくら女性らしい外見であっても、普段の声を聞いてしまうと男性である事がわかってしまいます。
逆に見かけは男性で声だけ女性というのもキモチの悪いか、とってもこっけいに聞こえるものかも知れません。
両方のバランスが必要かと思います。

 言語療法士、櫻庭京子さん(*1)の東大で開催された「ボイス研究会」(20034)に参加してその会場で感じたことは、女性装での外出経験の少ない人ほど声も気にする傾向が強いのではないか、と思える程女性装者はわずかでした。
この会場で私の声を聞いていたメール交換をされていた方から後ほどメールをいただき、そこに女性らしい声だったと書かれていました。
話し方はほんの少し声の高さ(キー)を高めにし、低域の響を抑えた程度の話し方で、実際にはそれ程女性らしい声の高さではないと思うのです。しかし、多分にその方が受けた私の持つ雰囲気や話し方の印象が、女性の声と感じさせたのではないかと思います。

女性として生活しているお友達のMさんやAさんは特別トレーニングなどしておりませんが、その声は女性のような声といった印象です。
フルタイム生活を始めたYさんも、少しずつ声が高くか細くなってきています。
また、甲状軟骨切除(喉頭隆起-喉仏)の手術で声帯を痛めて声がかすれてしまったYさんも、声に対して大きなコンプレックスなどは持っていません。
男性モードで普通に話している時でも女性と間違われることがあり、買い物の時などにお店などで一瞬怪訝な顔をされることはあっても、その後は普通に対応してくれるそうです。

 私たちの共通した意見は『声を気にする前にまずは女性としての外出経験を積む』事が必要と感じています。
TPOに合った清潔感のある服装、立ち振る舞いをしていれば女性装者とわかったとしてもそれなりの対応をしてくれるものです。
そのような中で実践的に女声らしい身振りや話し方を身に着けてゆくことが大切と感じています。

 高さや声の質は女声としての大きな要素ですが、決してそればかりではなく、こもらずはっきりとした歯切れの良い話し方や、女性らしい柔らかな話し方、身振り、手振りなども大切な要素なのです。

 女性の声は高いと思われがちですが、裏声と一般の女声とは異なるものですので勘違いしないでください。

女声らしい声を得る手法

では女性らしい声を得るためにはどのような方法があるのでしょうか。 

  • 声帯の外科手術による方法
  • トレーニングによる方法

以上の方法がありますが、外科的手法は大変費用が掛かること、また術後にどのような声が得られるか事前に確認することは出来ません。
ラリンゴマイクロサージェリーによる甲状披裂筋切除術(声帯の筋肉を切除する手法)、輪状甲状軟骨接近術(喉仏を狭くすることにより声帯の張りを短く、また声道を細くすることで音声を高くする)などいくつかの手法が試みられていますが、まだこれはといった手法が確立しているわけではありません。

術後には元の声に戻すことはできず、新しく得た声が自分の望むものでなかった場合には喪失感といった精神的な負担も大きいかも知れません。
声帯の外科手術はまだリスキーな手術と言えます。

 実際に「GID研究会(20033)」で録音された外科手術後の声を聞きましたが裏声に近いような感じで、私的には好感の持てるものではありませんでした。
そのFFTスペクトル分析によるフォルマント*2には十分な倍音成分が含まれていませんでした。(計測方法の問題?)
この結果から術後にもある程度のトレーニングは必要なのではないかと感じられました。
また、術後の計測値では基本周波数が160Hz程度と高くなっていますが、この程度なら手術していなくてもそれらしい声を出せる人がいるなぁ、というのが私の感想でした。
実際に女性らしい声を出せる友人が居たことなどもそのように感じた理由です。
ただ、この友人は声変わりが始まった頃から、自分の声を維持したいという気持ちで練習を続けており、声変わりしてしまってからのトレーニング方法の参考にはならないかも知れません。
発声の練習方法としては「メラニー法」が有名ですが、その解釈は難しく、まだ誰もが習得できる練習方法は確立されていないと言った方が良いのかもしれません。
人それぞれに合った練習方法が必要なのではないかと感じています。
「ボイス研究会」では「メラニー法」でトレーニングした方の体験談も発表されておりましたが、私の受けた印象としてはいまひとつ違和感が感じられるものでした
(二人の体験談のうちの一人。もう一人については完璧な声と話し方であったが、練習方法は解説されなかった) 

メラニー法については「Transgender Support Site」を参照してください。

 声とは何か

声は肺から出された呼気(吐き出す息)が喉仏の所にある声帯を震わせ、その振動音が声道(咽頭腔、口腔、鼻腔)を通して共振、増幅されて発せられるものです。

 これはあたかも木管楽器の2枚リードの複簧(コウ)楽器(オーボエやファゴット)のような構造に例えることができます。
これらの楽器ではリードの一定の振動による小さな音を、楽器の胴体にある管側孔を指で開閉することによって共鳴管の実効長を変え必要な高さの音を得ます。
管側孔を指で閉じると音の出口までの距離は長くなり低い音に、また指を開くことにより高い音になります。
逆に音の出口までの長さを一定にした場合には太いほど低い音が、細いほど高い音が出る事がおわかりいただけるかと思います。
人間はこの管側孔を指で開閉する代わりに声道の構造を複雑に変化させる事により口から発する声の高さや音質を変化させることができるわけです。

子供の声が甲高い理由には声帯の長さが短いために基本周波数が高く、また声道が細く短いこともその原因となっています。
大人に成長するにつれ声帯が長くなり、声道も長く、太くなってきます。

この声は基本となる周波数のほか、声道による複雑な共鳴による倍音成分も含まれます。
倍音成分は複雑に変化し、人間の声に豊かな響をもたらします。

(図解、準備しますぅ。でもいつになるかなぁ・・・)

 男女の声の違い1(解剖学的違い)

声のトレーニングを進める上で、まず男声、女声の違いが何かを比較して行きましょう。


男女の声の高さ、質の違いはどのような違いから発生するのでしょうか。
男性は成長に伴い甲状軟骨が張り出し、声帯の長さが長くなります。
これにより発声のための基本周波数が低くなることになります。

 声帯の長さの違い(成人男女 mm)

女声

11〜17

男性

17〜23.5

成人の基本周波数は平均125Hz(標準偏差20.5Hz)、女声は男性の約2倍程度です。

男性の喉頭は成長に伴い太くなり、声帯の位置が下がることにより、音を響かせる(共振管とも言える)声道も長くなります。
成人男女性の声道の長さを比べると女性の方が約20%ほど短くなっています。

楽器と同様に声を響かせる管が太く長くなるということは、より低い音が響きやすくなるということです。 

声帯の振動(基本周波数)を変えることは容易ではありませんが、共振を変化させることは可能です。
腹式呼吸ではどうしても声量、低域の響が増加する傾向にありますから、胸式呼吸を中心に、低域の共振を抑えた話し方、声帯のある喉仏を持ち上げる話し方により、ある程度の男声らしさを抑えることが可能になります。

喉頭を持ち上げることにより、声道が短くなり、共振周波数を上げることになります。また、これにより喉仏も目立ちにくくなるというメリットがあります。
フルタイムしているお友達を観察してみると、この喉仏の位置が自然に高くなっているようです。

 男女の声の違い2(発声基本周波数)

声の基本周波数(ピッチ)は声帯の振動数により決定します。
この基本振動を伝える咽頭や口腔の形、鼻腔への空気の通し方などによって周波数や音色が修飾されるのです。

・話声の基本周波数(f0

 成人の平均的声の声域(Hz) (括弧)は音程

男声

 60(C2) - 500(C5)

女声

128(C3) - 800(G5)

 朗読における基本周波数(Hz)

 

  下限   上限

話声位

男声

 60(C2) - 260(C4)

130(C3)

MTF

129(C3) - 346(F4)

193(G3)

女声

128(C3) - 520(C5)

200(A♭3)

櫻庭さんらによるブラインドテストによる男女判定の閾値は、母音の発声では180Hz、朗読では140Hzとなっており、この周波数以下ではほぼ男声と判断されています。

また180〜220Hzでほぼ女声と判定されますが、逆に220Hz以上では男性の裏声と判断される傾向があります。
いわゆるひっくり返ったような声、アニメ声のようなものではどうしても不自然に感じられてしまいます。

また女声の場合、話声位から上限までの幅が男性が+130Hzに対して+320Hzと2倍以上幅が広くなっています。
女声の場合、高い周波数に大きくシフトする傾向にある事が伺われます。

 これらの事から一般的な男声の話声より基本周波数が4度(+60Hz)程度高く、また高域への発声帯域を拡げることによって更に女声らしさを表現できる可能性が考えられます。

高い周波数でも声量を確保して話す事ができるようにトレーニングする事が必要でしょう。


 面白い物で声の基本周波数は話し相手に近づいてしまうもののようです。男性と話す場合にはピッチが下がってしまう場合があります。
先手必勝・・・かも

裏声について

声の高さを上げて行き、通常での発声の限界を超えると裏声(ファルセット)になります。
裏声は声帯の振動が倍になる事により裏声となるそうですが、通常時の発生時と比較して倍音成分(フォルマント)が十分に含まれないようです。
そのため、話声としての裏声は異様な物に聞こえます。
これは女声とは明らかに異なるものです。
 

 

 男女の声の違い3(音色の違い)

聴感上の音色の違いはホルマント周波数の分布の違いとして比較が可能です。
全体的な傾向としてホルマント周波数は声道の長さに比例して低くなる傾向があります。

しかし,成人の男女性が発声した5母音を詳しく分析したところ,男性のホルマント周波数に対する女性のホルマント周波数の増加率が,母音の種類ごとに,かつホルマント周波数ごとに異なることが分かっています。また,日本語に関 しては,高次のホルマント(特に第3ホルマント)は,母音種類によって変動することが少なく,声道の長さに対応して,男女性別識に有効な特徴で あるとされています。
*執筆者:松井 知子(NTT)資料より


音色の違いは声道の構造の違いによります。
これは話し方などによる口の開き方などで変化が現れます。
基本的な話し方としては口をしっかりと開けて声がこもらないようにする必要があります。

 男女の声の違い4(話し方の違い)

さて、これまでは発声における違いを比較してきました。
では、発声する周波数が女声の帯域に収まっていればそれでOKかというと現実はそれ程単純なものではありません。
声の周波数などは全く問題がないものの、実際の朗読においては全く異なる結果となってしまう場合があるのです。
ここでは男女の話し方の違いが大きな影響を与えているということがわかります。
逆に言うならば男声の周波数であっても、話し方によっては女声と感じさせることも可能なわけです。

これに関した興味深い例があります。
GIDではない男性ですが、姉が3姉妹という方がおり、その方の話し方がピッチが高めで話し方が非常に女性的なのです。
周りが女性という環境の中に居る事で自然に女性の話し方が身に付いてしまった例と言えるようです。
これは決して語尾が「〜だわ」「〜よねぇ」といったいわゆる女言葉やおねえ言葉を使うということではありません。

日本語における男女の話し方のニュアンスの違いというものはまだ数値的なものにはなっていません。
実際に多くの女性の話をよく聞く、また女性と話すと言う事は必須なのだと思います。
また、女性ならではの語彙などもあることでしょう。

 心は声に表れる

話し声は心の状態を反映します。
電話で友達と楽しい話をしている時、心が高揚している時などには声のピッチは自然と高くなってきます。
逆に気持ちが沈んでいる時には声のピッチは下がり、トーンもこもりがちになってしまいます。
練習はリラックスして楽しい気持ちで行えるようにする必要があるでしょう。
男性の格好で練習しても気恥ずかしく、イメージトレーニングもしにくいのではないでしょうか。

音域を広げるといった基本練習では姿勢を正しくし、また口を開けて活舌の良い発音を心がけるべきだと思います。 

ホイストレーニングにおける注意事項

無理な発声は結節やポリープの原因となります。
以下の事を守って下さい。

1.練習は30分以内とし喉に無理な負担をかけないようにする
2.水分を十分に(水、お茶など。糖分の多い飲み物は控える)
3.酒、タバコは控える(これらは声を低くする原因となります) 


*1 櫻庭京子(さくらばきょうこ)さん
ボイスセラピスト。さいたま市、東京都の通所施設にて小児および成人のことばの相談・指導にあたっています。その一方、TSの発声などについても東京大学工学部の広瀬研究室で積極的に研究を行っています。
上智大学大学院外国語学研究科博士前期課程修了。言語学修士。名古屋大学大学院人間情報学研究科博士後期課程満期退学。博士論文作成中。
「MtFのためのボイスセラピー」


*2 フォルマント
音声の基本周波数とその倍音成分(高周波)からなる音の集合で各母音により特徴的な倍音成分の強弱が現れる。この強められた成分音のこと。
母音では4個程度見られます。
基本周波数の2倍、3倍、4倍が聴感上大きな影響を与え、それぞれを第1、第2、第3フォルマントと言います。
このような音声を解析しグラフ化する専用の装置をソナグラフと呼びます。


・参考文献

日本音響学会講演論文集 2003年3月 P450

スペクトル分析関係資料
「年齢,性別による日本語5母音のピッチ周波数とホルマント周波数の変化」粕谷 他 音響学会誌24,6(1968)
「男女声の性質情報を決める要素」佐藤 通研実報24,5(1975)
ディジタル音声処理(第2章)古井 東海大学出版会

日本音響学会ホームページ

電子情報通信学会/日本音響学会 音声研究会 ホームページ

Transgender Support Site メラニー法について

Transsexual Voice For The Tone Deaf 音痴のためのTSボイス




 

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