ユダヤ人 最後の楽園
大澤 武男著
ドイツ史に貢献したユダヤ人
ドイツは戦後六十年間、ユダヤ人に対して徹底した謝罪と償いを続けてきた。両者の関係は改善され、今日ではさらに進んで、ドイツ史上での彼らの多大な貢献に感謝して、新しい和解の道を見いだそうというところまで来ているという。
その一つの表れが二〇〇七年十月に美術館に設けられた「寄贈の日」。ドイツ諸都市の美術館はその収蔵品の多くをユダヤ人の寄贈に負っている。それらの美術品は彼らの高い教養と見識に基づいて価値ある作品を体系的に集められたものだ。「寄贈の日」はその寄贈者に感謝する日で、一日無料公開している。
このような新しい観点から見たときに、ユダヤ人の活躍が最も顕著な時代として浮かび上がってくるのが、第一次大戦後のワイマール共和国時代だ。
十九世紀後半になると、彼らは市民権を獲得し、産業革命の波に乗って投資活動を行い、工業、鉄道、海運業、百貨店、金融業などの分野に進出。経済地盤を築いたユダヤ人の中から、高い教養と学識を身に付けたグループが生まれてくる。
第一次大戦でのユダヤ人の戦闘意欲は旺盛で、十万人が参加し、祖国に奉仕した。実業家W・ラーテナウは実力を買われて、プロイセン軍の戦時原料局長を依頼され、戦時物資調達も責任を担った。ワイマール憲法を起草したH・プロイス、バイエルン共和国の首相となるクルト・アイスナー等々、政治分野での活躍も顕著になる。
著者は、政治、経済、科学、文学、芸術など、ワイマール文化を担ったユダヤ人の活躍を浮き彫りにして、その功績を描き出すと同時に、急進派右翼による反ユダヤ主義の煽動(せんどう)によって、生活苦に陥ったドイツ国民の不満と怒りがユダヤ人に向けられ、ユダヤ人が孤立していった道筋を示す。
ユダヤ人の活躍が絶頂に達していた時代こそ、ヒトラーが反ユダヤ主義を掲げて政権に突っ走った時代だった。両者の絡みが、共産主義の問題と併せてうまく整理されている。
増子耕一
(本紙掲載:5月4日)