医療議連に寄せられたご意見

医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟

医療議連に寄せられたご意見

私は都内のある大学病院での医療過誤によって娘を亡くし・・・(患者、患者家族・Tさん)

 私は都内のある大学病院での医療過誤によって娘を亡くし、裁判を提起しましたが、1,2審で敗訴、目下最高裁に上告中です。その経験から、医療界(の一部)には(1)信じがたい隠蔽・ごまかし体質(2)「医」は刑事罰からフリーであるべきだ、というような、いわば“治外法権”擁護体質-が根強いと痛感させられました。この2点について意見を述べてみたいと思います。
 ◆隠蔽・ごまかし体質=娘の裁判で、医療過誤を裏付ける他の5大学7学者の鑑定意見を提出し、さらに、東大、京大、慶大、聖路加病院等の学者・専門医ら約30氏が当方の主張を支持してくれた。しかし、被告側病院は頑として自説を曲げない(不思議にも裁判所もこれを支持)。また、娘の手術に参加した医師が手術ミスの目撃証言を行っても「虚偽」「自爆テロ」と乱暴に否定した。
 もはや医学的に過誤は明白なのだが、それを認めようとしない。他の大学病院でも似たようなケースがある。これらの大学病院での医学教育とは一体何であろうか。「過誤はこういう風に隠蔽し、その責任をごまかすのだ」とでも教育しているのであろうか。
 「患者・家族に『ごめんなさい』と謝ることは絶対してはならぬ」という医学教育がかつては一般的だったようであり、また「患者の1人、2人を死なせて医者は1人前になる」という、不文律があったことは複数の医師から聞いた。「うそをつかない」「本当のことを話す」ことを医療界で徹底すべきであるし、とりわけ医師養成機関において徹底的に教えるようにしてほしいと念じる。
 ◆“治外法権”=「医」は刑事罰からフリーであるべきだとするような体質である。今日、どんな職業においても結果責任としての刑事責任を免れることはない。軍人(自衛隊員)、警察官ですらそうである。たとえ過失であれ、人を死亡させたり、傷を負わせれば、司法当局の取り調べを受け、裁判を受けることになる。ところが、医療界からは「それをおかしい、我々は特殊、特別なのだ」とする空気が濃厚に感じられる。
 「医療が分からない警察・司法に介入されてはたまらない」と考えるのであろう。だが、軍事、航空、ITなどといった、警察・司法がよく分からない分野から警察・司法の介入に異議を唱える声があるだろうか。国民の生命・財産といった法益の侵害行為に対する責任は誰も回避できない、というのは国民の常識である。
 医療界から「刑事罰とはひどい」という根拠の1つとして持ち出されるのが「過酷な勤務条件」である。しかし、私に言わせれば、「泊まり勤務の翌日にまた日勤、手術もする」という現実を招いた、あるいは放置してきたのは医療界、特に医師自身ではないのか。どうして黙っていたのだろうか。「医療崩壊」と言うが、「『崩壊』を招いたのは怠慢あるいは勇気のなさの故であった」と、まず認めるべきではないか。他の分野ではそこに働く者自身の、あるいは業界の、文字通り血のにじむ努力が重ねられてきた(まだ十全でなないにしても)。医療界・医師たちはそれに学ぶべきであろう。
 信じがたい体質を窺わせる新たな事例が、横浜市大の医師たちによる「内部告発者糾弾」(朝日=4月1日付)である。自浄能力欠如のため起こるのが「内部告発」だ。それに対して「恐怖感と嫌悪感と持つ」とし、「猛省」を求めるという。誠に、言うべき言葉を失う。
 娘の裁判を通じて、しかし、私は医療界、医学界での良心の存在をしかと感じることができた。これらの人々を信じ、「医」の世界が自らの努力によって自己革新を実現されんことを切望する。(了)

TOP概要活動報告/ ご意見/ リンク

このサイトはリンク・フリーです。
Copyright(C)医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟事務局