人に尽くした生涯 残りはこの子のために
「長い間、頑張ったね」。ボニーをいたわる早田さん(大阪府富田林市で)
目の不自由な人を介助する盲導犬は、近年、映画やテレビ番組などで取り上げられ、すっかり認知度が高まりました。いま、国内には約1000頭がいて、昨年度は152頭がデビューしましたが、その一方で133頭が高齢や病気で務めを退きました。
「人間のため働いてきた犬たちの余生にも、関心を持っていただけませんか」。盲導犬を養成する社会福祉法人「日本ライトハウス」(大阪市)からそんなお手紙をいただき、3年前に引退した雌のボニー(雑種、11歳)と飼い主の早田有佳子さん(47)を大阪府富田林市に訪ねました。
早田さんは1996年、盲導犬の〈卵〉を1歳まで育てるボランティア「パピーウオーカー」として、生後間もないボニーを預かりました。小学生と幼稚園児だった子供たちの情操教育に、と軽い気持ちで引き受けたのですが、とてもよく懐き、日に日に離れがたい気持ちが強くなりました。別れの日。「役目を終えたら帰っておいでね」と言って、家族みんなで涙を浮かべて送り出したのを覚えています。
そして、数か月間の厳しい訓練の後、ボニーは大阪市鶴見区の箏曲師範、丸山定子さん(76)のパートナーになりました。
丸山さんは足も悪いのですが、ボニーはだれに教えられるでもなく、上り坂では先を歩いて体を引っ張り、下り坂では後ろへ回って懸命に踏ん張り、歩行を助けました。まさに、視覚障害者の〈目〉になるだけではない、行き届いた心配りのできる優秀犬でした。
ところが、7歳のころから、てんかんの発作を起こすようになり、2005年7月に丸山さんのもとを離れます。誘導に支障を来す可能性があれば引退、というルールに従ったのです。
日本ライトハウスからボニー引退を伝え聞き、早田さんは8年前の別離がよみがえりました。「ボニーは命の3分の2を人のために尽くした。残りは、私たちがこの子のために尽くしてあげたい」。そう強く思い、再び飼い主に名乗りをあげました。
帰ってきたボニーは、人間なら60歳前後。居間で寝そべって過ごしていることが多いのですが、散歩に連れ出すと、交差点では必ず立ち止まって左右を確認します。危険を察知しようといまも神経を張りつめているようで、早田さんはそんな様子に触れるたび、彼女のこれまでに思いをはせ、胸がいっぱいになるといいます。そして、「もう、仕事は終わったのよ」と言って、体をさすってやるのだそうです。
卒業した盲導犬は、引退の条件からもわかるように、体にハンデを背負っているケースが少なくありません。重責を果たした安堵(あんど)からか、引き取られた翌日に死んでしまった犬もいるそうです。こんなにも働きづめだった犬たちに、温かく穏やかなついの住み家を――と、日本ライトハウスは引退犬の飼い主を募っています。連絡先は、0721・72・0914です。
(2008年05月25日 読売新聞)