「小児科医が足りない」。各地で悲鳴が上がっています。そんななか、兵庫県で、地域の中核病院の小児科を存続の危機から救ったおかあさんたちがいます。「県立柏原(かいばら)病院の小児科を守る会」が子どもたちのために展開する活動を3回にわたり報告します。
■予約診察のみ
昨年4月16日。杉浦保子さん(29)=兵庫県丹波市=は気管支ぜんそくの発作が出た次男颯太(そうた)ちゃん(4)を抱き、柏原病院を訪れた。1階受付の診察券入れを見て驚いた。箱の口が張り紙で閉じられていた。「小児科は予約診察のみです」
杉浦さんは受付で「今月から小児科の一般外来は中止になりました」と説明された。「そんなの困る!」。2階の小児科に駆け上がった。颯太ちゃんはここに何度も入院している。看護師が「大丈夫。颯ちゃんなら診てもらえますよ」。一般外来は原則中止だが、特別の事情のある子は診察する方針だったため、事なきを得た。
「一体、何が起こってるの」。杉浦さんが友人に相談したところ、逆に「母親たちが意見を出し合う座談会に参加しない?」と誘われた。地元新聞の企画で、医師不足による地域医療崩壊について考えるという。
かつて柏原病院小児科には4人の常勤医がいたが、06年には2人になっていた。さらに07年4月の県人事で1人が病院長に昇任し、フルに診察する小児科医は和久祥三(わくしょうぞう)医師(41)だけに。入院や重症患者への対応を優先し、一般外来の中止を決めたが、和久医師は「もはや限界。増員がないなら5月末で辞める」と公言し始めていた。小児科廃止は目前に迫っていた。
■先生、寝てないんや
4日後の昨年4月20日、座談会に杉浦さんら10人の母親が集まった。杉浦さんは座談会で「医療崩壊」という言葉を聞いた。この時、「崩壊」を実感した経験を思い出した。
この年の正月明け最初の日曜日。颯太ちゃんは前週末から気管支ぜんそくの発作がひどくなり、休日診療所など三つの診療所を回ったが治まらない。午後8時半に柏原病院小児科に飛び込んだが、30人ほどの患者で待合室は込み合っていた。呼吸困難に陥り、顔が白くなっていた颯太ちゃんを見て、看護師はあわてて点滴をした。
「ごめんよ。待たせて」。和久医師が診察を始めたのは午前2時を回っていた。真冬というのに、顔は真っ赤で額に汗を浮かべていた。即座に入院が決まったが、小児科病棟には空きがなく、内科病棟へ。颯太ちゃんをベッドに寝かせたのは午前4時。添い寝した杉浦さんも眠り込んだ。
目覚めると、ベッドサイドに和久医師の手書きのメモがあった。「処置しておきました。落ち着いているようです。午前7時30分」。杉浦さんは「先生、寝てないんや」と思った--。
杉浦さんは座談会でこの体験を話した。「先生は疲れてる。でも、柏原病院の小児科がなくなれば子どもたちの命にかかわる」。その場で「県立柏原病院の小児科を守る会」の結成が決まった。=次回は6月1日。守る会の活動が始まります。
毎日新聞 2008年5月25日 東京朝刊