75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度がスタートして間もなく2カ月になろうとしているが、新制度に対する反発は高齢者を中心に収まる気配がない。
年金からの保険料天引きに対する不満や混乱だけが原因ではない。なぜ74歳から1歳年を重ねただけで「後期高齢者」に仕分けされ、差別されなければならないのかという制度の根本にかかわる疑問や批判が背景にあるからだ。
毎日新聞が今月初旬に実施した世論調査によれば、8割近い人が新制度を評価していない。自民党支持者でも6割超が「評価しない」と答え、公明党支持者ではさらに厳しい反応が示された。
こうした世論を追い風に、民主党など野党4党は23日、後期高齢者医療制度は差別的だとして、同制度の廃止法案を参院に提出した。これに対し、与党は低所得層の負担軽減などの運用改善策を講じることで批判をかわそうとしている。
新制度の骨格は維持すべきか、「75歳線引き」を含め制度そのものを白紙に戻すべきか。
終盤国会の最大の焦点となるこの問題を、4紙が24日の社説で取り上げた。
各紙とも、対案を示さずに「まず廃止ありき」の野党の姿勢を批判、疑問視する点では共通している。ただ、毎日が「75歳線引き」という制度の根幹の是非から論議をやり直すべきだと主張しているのに対し、読売、産経が野党の廃止法案への批判を前面に出し、朝日が財源問題から逃げるなと強調している点にそれぞれの特色があらわれている。
各紙の相違は、75歳以上を独立させた新しい医療制度をどう見るかという認識の違いからくるものだ。
毎日は「そもそも病気になるリスクの高い高齢者だけを対象にした制度は保険原理にはなじまない。多くの元気で健康な人が病気の人たちを支えるというのが保険制度だが、後期高齢者医療制度はそうはなっていない」と指摘する。
そもそも政府が75歳以上を従来の医療保険から切り離す新制度をスタートさせざるをえなくなった背景には、国家財政が苦しくなる中での国民医療費の大幅な増加がある。
高齢者1人当たりの医療費は現役世代の5倍かかり、年間30兆円を超す医療費の3割以上は老人医療費が占める。少子化によって現役世代の人口が減れば世代間の仕送り方式で運営される社会保障制度の基盤が早晩崩れるのは目に見えている。
こうした財政事情を踏まえ、新制度では給付財源について、窓口負担分を除き後期高齢者の保険料1割、国と地方の公費5割、現役世代からの支援金4割という配分にした。政府は、これによって現役世代と後期高齢者の負担関係が旧制度よりわかりやすくなるうえ、都市と地方の保険料格差の是正にもつながる、と利点を強調している。
この点について朝日は、旧制度に戻れば「今後、お年寄りが増えた時に、いまでも厳しい国保の財政が維持できるとは思えない」「あいまいな点をはっきりさせておこうというのが新制度だ」と一定の理解を示す。読売は「新制度で老人保健制度の問題点は改善しており、再び後退するのは望ましくない」、産経は「新制度はスタートしたばかりで、当面は問題点を改善すべきだ」と、新制度の骨格は維持すべきだとの主張を展開している。
一方、野党に対しては各紙とも厳しい。毎日は「元の制度に戻すという案では国民は納得しない。野党の医療改革への熱意が感じられない」、読売は「とりあえず、従来の老人保健制度を復活させるという。これでは、あまりにも無責任ではないか」、産経は「そもそも、新制度が導入されたのは、旧制度への批判が強かったためだ。その旧制度に戻すというのでは、無責任と言わざるを得ない」と批判。朝日も「制度を『元に戻せ』と言うだけでは、問題は解決しない」と指摘している。
日経、東京もこれまでの社説でそれぞれの主張を展開している。日経は「高齢者医療は運営を早急に立て直せ」(4月29日)、東京は「低所得層ほど不利な構造の是正を急ぎたい」(5月2日)としている。
廃止法案は参院で可決されても、与党が圧倒的多数の衆院を考えれば日の目を見ることはないだろう。制度をどうするかは最終的には有権者の判断を仰ぐべき重要問題だが、その前に与野党がやらなければならないことは明白だ。
単なる財政のつじつま合わせでなく、財源問題も含め医療制度のあるべき姿について真剣な議論をこの国会で深めることだ。それを抜きに政局がらみの思惑を優先させ不毛な対立を続けるようでは政治不信を高めるだけだ。新制度への反発は、政治に対する高齢者の「反乱」であると認識すべきだろう。【論説委員・森嶋幹夫】
毎日新聞 2008年5月25日 東京朝刊
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