記者の目

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記者の目:新入生・無試験転部させた立命館=朝日弘行(京都支局)

 ◇学生は大学の手駒ではない--見え透いた「経営第一」

 採り過ぎた新入生を、合格したのとは別の学部に移す。しかも無試験で--。希望者だけとはいえ、そんな驚くべき措置を立命館大学(京都市中京区)が生命科学部で実施していた。「補助金確保が目的では」との指摘に対し、大学は一貫して「教育環境を保障するため」と、学生第一の措置を強調する。しかし、その前提となる大学の姿を考えると、少子化社会の中で肥大し続けてきた学校法人特有の「経営第一」の姿勢が透けて見える。

 生命科学部は今春開設され、定員280人の1・48倍にも上る415人が入学した。合格者がどの程度他大学に流れるか予測するための前年までのデータがなく、「入学者数を読み違えた」(大学広報課)ためだった。

 定員超過率が1・40倍以上になると、国の私立大学等経常費補助金は交付されない。そこで、大学は超過率が1・39倍となるように定員25人の特別転籍(転部)を急きょ実施した。対象は生命科学部の新入生に限られ、書類選考と面接だけで学力試験はなし。受け入れ先は同じ理系に限らず、文系を含む全学部。明らかに難易度が高い学部もあり、新年度が始まって事態を知った教員たちからは「入試の公平性を欠く」「学生を頭数でしか考えていない」などと批判が噴出したが、すでに遅かったという。

 毎日新聞は今年3月26日付の常任理事会資料を入手した。生命科学部について補助金が不交付となった場合、「不名誉な事態を招く」「来年度以降の志願者確保に少なからず影響がある」と、社会的評価が下がることを懸念する記述ばかり。受け入れ先学部の教授会は開かず、了承は「追認」とすることまで経営陣が決めて明記していた。生命科学部の人減らしの措置としか映らないのだが、これが学生たちの教育を第一に考えた措置なのか。

 立命館大は「大学改革のリーダー」と脚光を浴びている。90年代に滋賀県草津市に西日本最大級といわれる「びわこ・くさつキャンパス」をオープンし、新学部を次々創設。事実上の吸収合併で傘下の高校を次々と増やし、06年には小学校も開校した。「関関同立」(関西、関西学院、同志社、立命館)と呼ばれる関西の名門私大の一角だが、拡大路線でさらにブランド力がアップ。OB、OGも多士済々で、大学ホームページのトップには川口清史学長と共に歌手の倉木麻衣さんと巨人の金刃憲人(かねとのりひと)投手の写真を並べるなど、イメージ戦略も周到だった。

 少子化に伴う「大学全入時代」を迎え、特に私大は激しい生存競争の中にいる。大学も企業のように社会的ニーズを的確につかみ、優れた人材を育成する意識は必要だろう。しかし、このような手段で学生の将来を左右していいはずがない。今回の取材で、組織の肥大化、経営第一の理念が強まりすぎて足元が見えなくなっていると強く感じた。

 転部に対しては、教員からだけではなく、学生たちからも「まるで肩たたきにあった気分」「補助金の説明が全くなかった」という不満の声が上がっている。

 それだけではない。立命館大が07年度に受けた経常費補助金は、526大学中6番目に多い51億6236万円。多額の税金を使っているのに、転部問題が大きく報じられても、文部科学省に呼び出されて「説明責任を果たすよう」促されるまで丸2日間、記者会見すら開かなかった。ようやく開いた会見で川口学長は非を認めたが、責任問題には踏み込まず、外部の有識者2人を交えた7人の検証委員会で検討するとした。

 常任理事会資料を見ると、実は大学側は90年代にも同様の転部を4回繰り返していた。経緯はある程度把握できているはずだ。中途半端な検証委員会など設けず、なぜ自ら問題を解決する姿勢を発揮しなかったのか。

 今回の転部に応募した生命科学部の新入生は8人しかおらず、補助金の不交付は回避できなかった。大学の試算によると、影響は九千数百万円に上る。財政負担だけでなく、結局、最も恐れていた社会的評価の失墜まで招いてしまった。

 文科省は立命館大の措置を「初めてのケース」としているが、改革に取り組む他大学も他山の石とすべき点は多い。今回の問題は、競争社会の中にあっても、大学は企業と一線を画す理念が求められる時代であることを示しているとは言えないだろうか。

 いくら生存競争が激しくても学生は大学の評価を上げるための手駒ではない。学生の進路決定は本人の意思が出発点であることを大学は忘れてはならない。

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 ご意見は〒100-8051毎日新聞「記者の目」係kishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2008年5月16日 東京朝刊

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