No.23 警察再生への道
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発言者:黒木 発言日:6/23 11:34
月刊『草思』6月号より
神奈川県警厚木署集団警ら隊分隊長らによる集団暴行事件の発覚が、一連の警察不祥
事の発端だった。その後、「証拠品、無断持ち出し/神奈川県警相模原南署/巡査長、
懲戒免に」という記事が新聞をにぎわし、その先は、あれよあれよと言う間もなく、新
潟、京都、埼玉、愛知……と全国に広がる一大警察スキャンダルへと発展していったの
だ。
これらの不祥事の共通するのが、まずマスコミ報道が先行し、警察はいったん否定す
るが、最後は隠しきれなくなってシブシブ認める――というパターンだ。それが、最近
は多少なりとも学習したのだろうか「不祥事も隠さず出す」という傾向にある。だが、
警察が積極的に表に出すのは下っ端警察官の個人的な不祥事で、組織の根幹にかかわる
部分については、あいかわらずガードが固い。
共同通信社の調べによると、この半年間に全国で起きた警察官による不祥事は百六十
六件にのぼり、のべ百十三人の警察官・警察職員が逮捕、書類送検され、監督責任を含
めた懲戒免職や減給などの行政処分を受けた者が四百三十四人もいたという。これらの
数字はあえて言えば「氷山の一角」である。問題を起こしても、正式な処分手続きを踏
まないまま、「闇から闇の退職」に追い込まれる警察官が、実際のところ少なくない。
警察官が一般の社会人以上に高いモラルを求められるのはいうまでもない。これでは
国民の信頼が揺らぐとか揺らがないといった生やさしい問題ではない。まったくもって
メチャクチャとしか言いようがない惨状だ。
次々に噴出する警察ネタをマスコミが追いかけ、国民も警察の不祥事に沸騰する。し
かし、すぐに次のスキャンダルを欲するという異様な状況が続き、私を含めて明らかに
国民は警察問題に麻痺しつつあるという、きわめて異常な事態を迎えようとしているの
だ。
こうしたなか、ご存じ「警察刷新会議」なるものが生まれた。だが、この刷新会議が
警察の分厚いベールを突き崩し、真に実効性のある提言ができるかというと、はなはだ
疑問だ。座長は日本テレビ放送網社長の氏家斉一郎氏、委員には中坊公平氏(元日弁連
会長)、樋口広太郎氏(アサヒビール名誉会長)、大宅映子氏(ジャーナリスト)ら
錚々たる顔ぶれがそろっているが、この人たちが警察の内部事情を把握することは難し
い。必然的に顧問として会議に参加している後藤田正晴氏が取り仕切るようになるのは
明らかだ。
これでは盗人に十手を持たせるのとおんなじだ。説明するまでもないが、後藤田氏は
警察庁長官から政治家に転身したキャリア中のキャリアである。いま警察が問われてい
るのは、個々の警察官の犯罪や不祥事ではなく、不祥事を引き起こす警察組織の体質や
制度なのだ。ところが採用試験に合格しさえすれば能力実力に関係なく出世していく
キャリアにとっては、社会正義の実現よりも制度防衛のほうに関心がある。はたして後
藤田氏がそんなキャリアの既得権益といえる制度そのものの刷新にまで手をつけられる
のか。私の中には大きな疑問がわき起こっている。
警察不祥事と一口に言うが、大きく分けて二つある。ひとつは警察官個人が起こす不
祥事(覚醒剤、わいせつ行為、盗みなど)で、もうひとつが警察が組織として手を染め
ている不正行為だ。どちらも許されることではないが、前者は警察が組織として本来あ
るべき姿を取り戻せば、必然的に解消に向かうと私は考えている。したがって、より深
刻なのは後者である。にわかに信じられないことかも知れないが、警察は、超過勤務手
当てのピンハネから警備手当ての搾取、さらにはニセ領収書による裏金作りといった
「公金横領」、さらには許認可事務における公然とした「収賄」、日常化れた「交通違
反もみ消し」、風営業者など取り締まり対象者からの「上納金の吸い上げ」など、数え
切れないほどの組織的な不正を犯しているのだ。
ところが、警察キャリアはこうした組織犯罪が存在することすら認めようとしない
(認めたら既得権益がパーになる)ため、再発防止などには動かない。当然だ。彼らに
とっては「裏金」など(タテマエ上)存在しないのだから、対策など立てようがないの
だ。しかし、警察改革は遅滞なく進めなければ国民が納得しない。そこで、「やってま
すよ」というせめてものポーズを見せるため、末端警察官への締め付けを強化するので
ある。
これで警察は本来あるべき姿を取り戻すことができるだろうか。答えは否だ。こんな
ことを繰り返せば、地域の治安を預かる現場警察官の志気は下がり、国民にとってはむ
しろ大きな損失になりかねない。マスコミは警察不祥事が多発する原因は「監察が正常
に機能していなからだ」などと世論をリードしているが、これはまったくの誤りだ。マ
スコミがイメージしている監察(内部犯罪の摘発および抑止)と、現状の監察(組織防
衛の役目を担う)はまったく別物だからである。
実は、警察腐敗の病巣はここにある。
現在の警察の組織構造、教育方法、言論封殺のありようを一言で言えば、成功した社
会主義、共産主義社会と同じである。
キャリア(党員)による独裁や監察と公安を二本柱とする監視システムは、さながら
秘密警察のようである。任官時から警察的洗脳教育を駆使することで組織に逆らうこと
の恐ろしさを植えつけ、密告を奨励する。こうした管理体制は、警察を本来の目的から
逸脱させ、一種の暗黒組織をつくりあげた。
警察組織の行なう洗脳教育の目的は、一般警察官を沈黙させることにある。
「見ざる・聞かざる・言わざる」に徹するという組織の掟を守っていれば、昇進、高
給、天下りの職場の確保など「生涯安泰」という甘い蜜が用意される。しかし、組織に
逆らい一度でも反組織的な言動をすれば、たちまち「思想に問題あり」と見られ「警察
官不適格者」の烙印が押されてしまう。その後は名誉の回復のチャンスもなく、いずれ
は退職という道を選ばざるを得なくなる。しかも、退職したとて安心できない。退職
後、いっさい警察と関係のない人生を歩んでいても、長年の洗脳教育によって刷り込ま
れた幻影から抜け出すことができないのだ。
その恐怖の源泉となっているのが、監察と公安なのである。
公安情報の取り方、情報のファイルのしかたについては、警察官なら全員が身をもっ
て知っている。左翼であろうが、謀反者であろうが、なんでもかまわない。警察組織に
逆らう者すべてが視察対象となり、この一連の手続きがデータ化され、ファイルに永久
保存されてしまうのだ。警察と過去になんらかのトラブルがあった人は、間違いなく
ファイルがあると思ったほうがいいだろう。
このファイルは警察目的以外にも使用される。たとえば企業の採用試験などの身元調
査で、民間企業に天下っている警察OBを通じて頻繁に利用されている。内部では、こ
れをF(ファイル)チェックと呼んでいる。万一このファイルで「警察の敵」と認定さ
れていれば、本人のみならず親兄弟、子供、孫、親戚にまで累がおよぶ可能性があるの
だ。
したがって、一度でも警察組織に身を置いたことがある人間は、自らが監察・公安に
マークされていること感じると、四六時中、不安と恐怖が去来し、熟睡することもでき
なくなるという。これが、私の言う警察的洗脳教育というものだろうと思うのだ。
この公安と並び、一般警察官の口封じとして機能しているのが、監察制度だ。
「監察」とは「警察の警察」である。
その目的は、警察官個人、あるいは組織内部の不正を発見し、その責任の所在を明ら
かにしたうえで軌道修正し、以後の抑止力として効果を発揮するものである。
しかし、現実には、組織防衛をはかるために警察官の自由な発言はおろか、自由な考
え方も統一的網羅的に管理する「警察官抑圧装置」として機能している。
ちょっと振り返っていただきたい。神奈川県警スキャンダルを始めとする一連の不祥
事で、本来の監察制度が機能していたと読者は思うだろうか? 答えは明らかである。
神奈川県警事件では、監察官自らが、組織犯罪の隠蔽工作の中心的役割を演じていた。
つまり、本来の意味からは、まったく役に立っていなかったのだ。
しかし、マスコミに押された世論はより強力な監察を求めた。結果、実現した特別監
察では、監察官自らが仕事を切り上げ「雪見酒と図書券マージャン」に興じていたとい
うのだから話しにもならない。しかし現実を知らない国会議員やマスコミは、さらなる
監察強化をぶち上げるのだから、現場警察官にとっては、まったくたまったものではな
い。
監察官は、このチャンスに点数を稼ごうとして鵜の目鷹の目、傍目から見ると「現場
いじめ」としか思えないような残忍な手口を使って現場警察官へプレッシャーをかけま
くることになる。現場は、ただでさえ忙しい日常業務をこなしながら、つまらない内規
を遵守するための緊張を強いらる。その結果、治安維持にマイナスになるかもしれない
というのだから、本末転倒もはなはだしい。
では、監察制度の現実は、いったいどうなっているのだろうか。
私が勤務した警視庁を例にとって説明してみよう。警視庁では本庁の人事第一課に監
察係という部署があり、表向きはそこが警察監察の総本山となっていた。本庁の人事一
課・監察係は警務部長の直轄部隊で公安部との人事交流を通じて他部署とは比較できな
いくらい親密な関係がある。古くから「秘密警察」にもたとえら、得たいの知れない存
在として恐れられていた。不穏な言動でもすれば「人事が動くゾ」と、署員の間ではひ
そひそと表現されている存在なのだ。
監察官になる職員は、おおむね以下のような経歴をもっている。
警察学校を上位の成績で卒業し、第一線の警察署に配属され、署長の推薦で公安講習
を受講し、その所属(警察署)の公安係員となる。その後、警務部人事一課(警視庁本
部に所属)に配属され、そこで監察係に命免(下命)されるというケース。あるいは、
署長の推薦で警務係に配属された署員の中でとくに優秀と認められた者が、その後人事
一課に配属され、前述公安係員と同じ道をたどるケースなどだ。いずれにせよ監察官は
講習成績が優秀で、過去に警務・公安といった警察組織の根幹で勤務した経歴の持ち主
が多い。
彼らは国体を維持するための特殊な洗脳教育を受けているため、一般警察官と比較し
て組織に対する忠誠心がきわめて強く、組織の恐ろしさも身をもって知っている。警察
組織の「固有思想」を継承しているスペシャリスト集団なのである。
警視庁職員総数は約四万三千人。しかし警務部人事一課・監察係監察の職員数はその
千分の一以下だ。したがって、たとえ職員の不正を監察する仕事であっても、実際に自
ら動いて全職員、全組織を調査する、ということは不可能だ。そのため「人事が動く」
端緒は人事一課・監察係に直接寄せられるタレ込み(密告)などがほとんどのようだ。
端緒をつかんだ監察は、まず対象者の身辺を極秘のうちに調査し、タレ込みに信憑性
があるかどうかを判断する。タレ込みで多いのは、男女関係(不倫)に関するものと、
取締対象者との癒着などだという。
調査対象者の出勤時の自宅玄関前や退庁時間の勤務場所玄関などに写真を持った監察
官が張り込み、対象者の出退勤時間に合わせて、尾行張込みが繰り返される。一日の動
きはすべて記録され、翌日の報告に回される。
一定期間この活動は繰り返され、その間接触した人の身分なども詳細に洗われ、情報
の突き合わせが行なわれる。
数日間の尾行で得た証拠写真と報告書にもとづき、いよいよ打込み(本人からの事情
聴取)の日が決定される。
当日は早朝から自宅近くに車を配置し、マル対(対象者)が家から出てくるのを待ち
受ける。そして、監察官は身分をあかし、人事一課・監察への出頭を求める。拒否する
ことは許されず、半ば強制的な拉致のようにして車に押し込むこともあるという。
調べ室では対象者に対して事実関係の確認が行なわれるが、話せば不利益になるのが
明らかなので、当然素直に答えない。そこで監察官は、段階的にいくつかの状況を提示
し追及していく。監察による身内の取り調べは刑事訴訟法上の被疑者の権利(黙秘権な
ど)を慣習的に認めていない。罵詈雑言を浴びせたり、脅迫したり、したい放題であ
る。
部内では警察官に人権はない。そのことを身をもって知らされる。監察官は対象者を
犯罪の被疑者のように扱い、いっさいの弁解も許さない。一方的に「事実」を提示し、
そこには一片の情状酌量の余地もない。
最後に証拠の写真を見せて、「これでお前もクビだな」と脅し、「クビじゃ退職金
だって出ない。ここで素直に認めなければ懲戒免職だ」と言って依願退職を強要する。
対象者の多くは、「勘弁してください」と言って両手をつきうなだれるが、監察官は
いっさい耳を傾けない。
長時間にわたって拘束し、「懲戒免職になれば退職金も出ないぞ。住宅ローンの返済
も困るだろう。年金も出なくなるぞ」などと言って将来、子供にかかる学費などを頻繁
に持ち出し、打ちのめす。監察官の目的は依願退職の同意を取りつけることなのだ。
対象者が涙ながらに同意すると、直ちに手続きがとられ、その日の午後には退職辞令
の交付という超スピード展開となる。
対象者が依願退職に同意した以上、これは処分ではない。この手続きにどれほど違法
性があったとしとても、異議申立てをするところもないのだ。監察官はそれら対象者の
首を一つ取ったことにより、タレ込みに対して適切に対処したという評価を受ける。
その後、監察対象となった事実(癒着などの不祥事)が公となったとしても、すでに
対象者は退職しており、警察としては預かり知らぬ、という態度を取れるのだ。
つまり、監察の真の目的は「自浄」ではなく「組織防衛」にあるというわけだ。
ほかにも警察署警務係による里隠れ的隠密手口の所属内監察、交番等を監察対象とし
た方面本部による抜打ちの随時監察があるが、警察規律の維持管理と言う監察目的の裏
側には、洗脳教育の希薄化を防止するため、常に警察職員の心に恐怖心を与え続ける意
図が隠されているのは明らかなのだ。
こうした監察制度に「法的根拠」を与えているのが、内規である。
内規は一種の外法としてどこの社会にでも存在する。だが、警察の内規は一般社会か
ら見ると明らかに異常だ。私も在職中はあまり考えもせず、自然に受け入れていたのだ
が、警察には、組織の恐ろしさを幻影で支配するため、驚くほどたくさんの内規が存在
している。これは決してウソでも誇張でもない、事実である。今の時代に本当にこんな
内規があるのかと、目を疑うものばかりである。
たとえば「監督事項」――。
幹部は職員を監督中に特異な事項を見たり聞いたりした時は、ただちに決められた様
式で署長に報告しなければならない。では、どんなことが「報告事項」になるのか、以
下に列記してみるとこんな感じだ。
「行状、借財、宗教活動、交友関係、飲酒癖、外泊泊・旅行の届出、居住地の制限、部
外の受験届出』
さらに、この各報告事項の解釈で監察が動き出す場合がある。それは以下の通り。
●退職勧告を受ける事柄(= 監視対象項目)
不倫関係発覚、サラ金借入れ
●生活指導を受ける事柄(= 監視対象項目)
競馬、競輪、競艇、パチンコ、麻雀、株式投資、通勤定期券の購入の確認(月に一度
出勤時に定期券検問がある)、レンタカーの借入れ、ゴルフ、バイクの購入、車の購
入、船舶の購入、土地家屋の購入、スキー、マリーンスポーツ、登山、高級酒場への立
入り、外泊、国内旅行、海外旅行、外部の受験、携帯電話・PHSの所持など盛り沢山
ある。
なぜ一見このようなくだらないこと、普通のことが監視対象になるかだが、所属警察
署としては自所属の中から一人の事故者も出したくないという、お家第一主義(署長第
一主義)のためなのだ。平たく言えば「オレ(署長)の在職中の時だけは、事故(不祥
事)を起こすなよ」ということなのだ。
退職勧告を受ける事項は、本来、警察職員勤務規程で規定されている第三二条(署長
の報告)に該当する事柄だ。しかしこれを報告すれば署長の汚点となるため、所属警察
署の公安係などを使って証拠を握り、当事者に突きつけ、依願退職に追い込むのだ。
その手口は、人事一課・監察係のやり口とまったく同じで、まず自発的退職を勧告
し、聞かなければ、懲戒免職にする(退職金、年金支給停止)と脅して、最後は自己都
合による依願退職を求めるという寸法だ。
幹部はこの制度を使えばいくらでも下っ端のクビが切れる。一般警察官の身分はきわ
めて不安定で、けっして上司に逆らうことができない仕組みになっている。
この事態を適切な言葉で表現すれば「アナクロニズム」だ。時代錯誤もいい加減にし
ていただきたい。
〈警視庁警察職員勤務規程第二九条(監督範囲および連絡協調)
幹部は、必要ある場合は、担当以外の職員についても監督を行わなければならない。
第三一条(監督事項の報告)
幹部は、監督上重要または特異な事項があることを知った時は、担当の部下職員であ
ると否とにかかわらず直ちに署長に報告しなければならない。
第三二条(署長の報告)
署長は、監督上重要または特異な事項があることを知った時は、警務部長および所轄
方面本部長に報告しなければならない。〉
記載された「報告」と「監督」の部分を、『密告』と読み替えてみるとその意味がよ
くわかる。だから署員同士、笑顔で語り合いながら、腹の中では「何を密告されるかわ
からない」と言葉を選ぶ。とくにに前記の「生活指導を受ける事柄」の項をよく見てい
ただきたい。これらがすべて禁止ではないが、監視事項だからこれを完全に守れという
なら、警察官は人並みの、平均的日本人の文明生活をしてはいけないというのと同義語
だ。
それはだれにも無理なことだが、だれに密告されるか不安なため、仲間にも隠さなけ
ればならない。そんな奇妙な人間関係が、同じ署員同士で生まれてしまうのも、この監
察制度の存在が最大の原因なのである。
警察内規の凄まじさがおわかり頂けただろうか。結果的に警察官の誰もしが警察内規
に縛られ、日々監察の目を気にし、警察的洗脳教育によって生み出された幻影を抱き、
たとえ同僚とはいえ腹を割って真実を語れないこの現状がある限り、警察官に人並みの
人権があるとは言えないのである。
たとえ警察刷新会議がどれほど素晴らしく実態に即した解決策を生み出そうとも、こ
の制度そのものを刷新しないかぎり、常にイリュージョンに怯え、自ら声を上げる事を
知らない警察官は、実際「笛吹けど踊らず」ということになりかねないのだ。
仮に時代が変わって警察組織が改革されたとしても、子供さえあきれるこんな馬鹿げ
た内規がある以上、現在の警察体質は絶対に変わらないだろう。このことは、実際に警
察官を経験したものでなければわからない。つまり刷新会議のメンバーで、このことを
知っているのは後藤田氏だけなのだ。
だが、警察キャリアの右代表でもある後藤田氏が、この制度に手をつけるとは考えず
らい。逆に言うと、こうした部分に手をつけるかどうかが、刷新会議が本物かどうかを
見分けるリトマス試験紙になるともいえる。
警察改革のためにまず必要なのは、末端警察官の人権の回復と安心して職務に邁進で
きる職場環境の確保である。その実現のため、警察官が労働組合をつくってはどうかと
いう意見もあるが、たとえ組合があっても組織に染みついた縦割り命令社会では十分に
機能しないだろう。そこで重要になるのが、警察的洗脳教育の抜本的見直しと、幻影を
生み出す監察制度の改革、警察内規の総点検だ。
この三点を警察構造の患部と認定し改善廃止しない限りは、たとえ如何様の外科的出
術を試みたところで、警察社会は立ち直ることは出来ないだろう。 (くろきあき
お)
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▼関連発言
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└◆23: 警察再生への道 [黒木] 6/23 11:34
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◆注意点
◇題名は、短くわかりやすく書いてください。
◇過去に同じ内容が投稿されていないか検索してから書き込んで下さい。
◇管理人の判断により相応しくない投稿は削除します。
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