サイレンを鳴らして緊急走行する警察の捜査車両が、速度違反で摘発されるケースが相次ぎ、捜査員に戸惑いが広がっている。本来は刑法の「正当行為」として違反は免除されるが、管轄を超え、他県で法定速度を上回って走行すると免除されないことが多いという。正当行為かどうか判断する基準がなく、適用の判断が各都道府県警に委ねられているためだ。「捜査」か「安全」か。どちらを優先させるべきか線引きは難しいようだ。(森本充)
パトカーや捜査車両、救急車などの「緊急自動車」は一般車両と異なり、最高速度に特例が設けられている。道路交通法施行令では緊急自動車の最高速度は「一般道80キロ、高速道100キロ」。規定に従えば、「これ以上の速度での捜査車両の走行は違反になる」(警視庁交通総務課)。
だが、猛スピードで逃走する犯人の車を追跡するケースもあり、当然、規定は弾力的に運用されている。その根拠となるのが、違法性を免除する刑法35条の「正当行為」の適用だ。速度超過の必要性を説明できれば、速度違反に問われることはない。
実際、昨年5月に富山県警が公表した事案では、自動車盗で現場に急行したパトカーが国道を時速124キロ(44キロ超過)で走行して摘発されたが、その後、違反免除になった。熊本県警では平成12年、指名手配犯を追って速度超過した福岡県警の捜査車両に反則切符を切らず、警告にとどめた。
逆のケースもある。警視庁の機動捜査隊員が「指名手配犯が現れた」と通報を受け、隣県に急行した際、速度違反自動監視装置(オービス)に撮影されて違反切符を切られた。「外国人が連れ去られた」という一報で、捜査1課の捜査員が、犯人グループが向かった隣県に捜査車両で急行した。このとき、緊急走行した捜査車両のほとんどが違反とされたこともある。
こうした二律背反が生じるのは、速度超過をめぐる正当行為の認定に判例や基準がないためだ。「各都道府県警の間で、同じような事例でも正当行為と認定するかどうか判断が異なる」(警視庁幹部)。ある県警幹部は「緊急走行中に事故を起こせば、緊急走行が必要だったか厳しくチェックされる。むやみやたらな緊急走行を戒めるためにも、正当行為の認定は厳格であるべきだ」と指摘する。
ただ、捜査の現場には余波も広がっている。速度違反を恐れるあまり、追跡時でもオービスの前で速度を落としたり、捜査車列の先頭を走りたがらない捜査員がいたりする。捜査幹部も「速度違反で昇進が遅れた捜査員もいるだけに、急げともいえない」と話す。
緊急自動車の最高速度規定は昭和35年の施行令制定以来、一度も改正されていない。捜査サイドは「車の性能が上がり、逃走車両の速度も速くなっており、時代に即したものに」と規定速度の引き上げを求める。一方、「逃走を阻み、自分で手錠をかけるという刑事魂はよく分かるが、道路事情は変わっておらず、安全面からは今も妥当な規定」というのが交通サイドの言い分だ。
警察内部で足並みはそろわないが、「仮に規定を20キロ引き上げたところで、150キロで逃走する車両は追跡できず、根本的な解決にはならない。隣県に逃走するケースも考えれば、迅速に包囲網を敷けるよう各警察間の連携などを強化するべきではないか」(ベテラン捜査員)という声も根強いという。
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