[朝日社説] チベット―福田首相はもっと語れ
ものものしい警戒の中で、北京五輪の聖火リレーが始まった。平和の祭典がいよいよ近い。それを知らせるものなのに、世界の国々が中国に向ける視線は厳しさを増している。
チベット自治区のラサで起きた騒乱は周辺にも広がり、今もデモや衝突が伝えられる。数百人の僧侶が拘束されたとの情報もある。いったい何が起きているのか、肝心の中国当局から信頼できる情報が出てこないことにいら立ちは募るばかりだ。
中国政府は、騒乱はダライ・ラマ側の策動によるものとして強硬姿勢を崩さない。情報統制を続ける一方で、僧侶や住民の抗議行動を力で抑え込もうとしているように見える。
19年前の天安門事件を思い起こした人もいるに違いない。
いまの中国が持つ存在感の大きさは当時とは比較にならない。経済力はいうまでもなく、五輪を開催できるほどに国際的な信頼を得るに至った。そこには、人権を大事にする国へと中国が変わることへの期待も込められていたに違いない。
それを無にするような事態だ。国際社会が非難の声をあげるのは当然のことだろう。
チェコやポーランドなど、五輪開会式に首脳が出席しないという動きが広がっている。ブッシュ米大統領は出席の方針だが、議会には出席を取りやめるべきだとの意見も出ている。
この現実を中国政府はもっと深刻に受け止める必要がある。各国との経済面での相互依存が強まっているから非難はしのげるだろう。もし、そう見ているとすれば誤りだ。
中国はダライ・ラマ側との対話に極めて消極的だが、昨夏まで水面下での接触は続けていた。これ以上状況を悪化させないために、せめてそれを再開できないか。ダライ・ラマ側は「独立は求めない」と明言している。事態収拾に向けて、一歩でも歩み寄ることは不可能ではなかろう。
拘束した僧侶らを釈放する。自治権の拡大について住民と対話する。少しずつでも信頼を取り戻す余地はあるはずだ。
それにしても、福田首相がこの問題をはっきり語ろうとしないのは納得がいかない。「双方が受け入れられる形で、関係者の対話が行われることを歓迎する」。こんな発言では、何も言っていないに等しい。
胡錦濤・国家主席の訪日を5月に控え、できるだけ摩擦は避けたいという気持ちなのだろうか。だが、この問題の大きさを見誤ってはならない。
中国が国際社会から非難され、信頼を失うのは、隣国の日本にとって見過ごすことのできないことである。首相はチベット問題の深刻さを、もっと明確な言葉で中国に語るべきだ。