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アナウンス室 プロフィール

おおの おさむ

大野 修

プロフィール

いまも昔も…

髪を切った。

切ったというより切られたというほうが正しい。
というのも、一昨日行きつけの髪切り屋(美容室ともいう)で
「大野さん、“ちょっと”短くしましょうか」と言われて、つい
「じゃあ、お願いします」と頼んでしまったからだ。

この場合の“ちょっと”というのは、例えば歯医者で
「歯を削ります…“ちょっと”痛いですけど我慢して下さい」や
「車買いたいんだけど…“ちょっと”お金貸してくれない」と同じで
ほとんどの場合“ちょっと”では済まない。

僕の場合も例に漏れず“ちょっと”では済まなかった。
話をしながら切ってもらっているうちに
髪の長さが昔で言うところの【スポーツ刈り】級になっていたのだ。

う〜む…地肌を風が吹き抜けていく…。

当然、会社では色んな反応があった。
「あっ、髪型変えたんだ!結構似合ってるね」(目が笑っている…)
「格好いいね!高校生みたい」(いくら何でも言い過ぎ…)
「へぇ〜…」(無反応…)

そういえば、20年ほど前にも同じようなことがあった。

中学1年生=13才の時のことである。
近所の中学校に入った僕は、
レギュラーになれそうという理由だけでバレーボール部に入った。

当時、運動部は揃って【スポーツ刈り】が入部の条件だった。
野球部などでは【五分刈り】という究極の坊主頭が入部の条件で、
春先から教室の中は青々としたアタマがあちこちで見られたものだ。

ちなみに理容業界では
【スポーツ刈り】=長さ1センチ程度
【五分刈り】=長さ6ミリ程度と定義されているそうだ。

バレーボール部に入部した僕は
坊ちゃん刈りに別れを告げるべく近所の床屋へ行こうとした。
しかし、そこで母親に引き止められた。
「3年間坊主になるのだから家庭用バリカンを買った方が安い!」

たしかにその通りである。

それまで母親に髪を切って貰っていた僕に異論のあるはずも無く、
数日後、母親が近所の電気屋で買ってきた家庭用バリカンで
僕は髪を刈ってもらうことになった。

−以下説明書−
使い方はカンタン!
付属のヘッドを調節することで長さが自由自在!
スポーツ刈りからスキ刈りまで、これであなたも理容師さん!

この説明書に気を良くした母親は、
いつもの如く新聞紙を広げて僕をイスに座らせると
ヘッドを長さ1センチにセットしてバリカンのスイッチを押した。

ウィ〜ン…という軽快な音とともに、
僕の髪の毛がザッザッと新聞紙の上に落ちていった。
生まれて初めての短髪だったが、
戸惑いよりも「これで部活の一員として認めてもらえる」という
喜びというか、期待感の方が僕の中では大きかった。

しかし…人生の落とし穴はこんな所にもあったのだ。

最初はウィ〜ン・ウィ〜ンと軽快な音を立てていたバリカンが
突然、ウ・ウ・ゥ・ゥ…と弱弱しい音とともに停止してしまったのだ!
もちろん、僕の頭の上で髪の毛を刃に挟んだままの状態で、である。

このバリカンは充電式だったのだが、
親子揃って買ったばかりのバリカンに興奮し
充電しないままいきなり使い始めてしまったのが原因だった。

「どうしよう…」
このまま頭の上にバリカンを載せたまま学校に行ったら
学校中の笑いものになることはまず間違いない。

それどころか、地元の新聞に
「バリカン載せた中学生!新しい非行の形か!?」
などと書き立てられたりしたら、家庭崩壊の危機ではないかっ。

などと僕が逡巡している間に、母親は戸惑うそぶりも見せず、
それまで使っていた理髪用のハサミを取り出すと、ジョキジョキと
バリカンの挟まった所に沿って髪の毛を手際よく切っていく…。

「これで笑いものになったり家庭崩壊しなくて済む…」
と安堵したのも束の間、鏡を見て僕はぎょっとした。
バリカンの刃が挟まった部分だけ髪が短くなっており、
さながらミステリーサークルのようになっていたのである。

「それだとみっともないから全部短くするしかないわね」と母親。
カレーが辛くなりすぎれば水を入れればよい。
イスの足が一本短ければ他の3本を切ればよい。
右の頬を打たれたら左の頬を出せばよい。(これは関係ないか)

しかし、僕の動揺が母親に伝染してしまったのか
バリカンの刃を先程の長さからちょっと短くするつもりが、
一番短い【5厘刈り】にセットしてしまったのである。

結果は…『北の国から1984 〜青麦畑〜』という感じ。
そう、北海道に広がる青麦畑を想像して頂きたい。
理容業界では【5厘刈り】=1ミリ以下だそうだ。

【スポーツ刈り】>【五分刈り】>【五厘刈り】>不明

究極の短さになってしまったが、
地肌を風が吹き抜ける感覚は悪くは無い。
おまけにちょっと気合が入っていそうに見えないことも無い。

う〜む…地肌を風が吹き抜けていく…。
僕は意を決して学校に向かった。
きのうまで坊ちゃん刈りの頭が、いきなり【五厘刈り】である。

当然、学校では色んな反応があった。
「あっ、髪型変えたんだ!結構似合ってるね」(目が笑っている…)
「格好いいね!高校生みたい」(いくら何でも言い過ぎ…)
「へぇ〜…」(無反応…)

いまも昔も…
髪型を変えたときの周りの反応とは同じようなものだった。

それ以来、高校3年までの6年間、僕は坊主頭だった。
だから、地肌を風が吹き抜けていく感覚は嫌いではない。

しばらくこの髪型にしようかな、と思っている。

2004.09.07 | コメント[0]トラックバック[0]

夏が来れば思い出す…

7月に矢吹町で開催された
『どろんこバレーボール大会』に出場した。

休耕田になっている田んぼでバレーボールをするのだが、
足をとられて転倒しまず間違いなく泥だらけになってしまう。
『泥と戯れよう』というのが大会の趣旨なので、
中にはボールを追ってわざと泥に飛び込んだりする人もいたりする。

ただ使うボール『バレーボール』というのは名ばかり。
使うボールはビーチボールで、田んぼだから線も引いていない。
だいたいこんな感じで…というのは田舎の大らかさゆえだろうか。

そもそも、この『どろんこバレーボール』に出場したのは
僕自身が中学・高校とバレーボール一筋だったからである。
中学時代から大して勉強していなかった僕は、
進学する高校を「バレーボールが強くてレギュラーになれそう」
というだけの理由で選び、親をえらくがっかりさせた記憶がある。

僕は東京都内のKという男子校の高校に進学した。
当時はマル暴のご子息も通うような元気一杯の学校で
制服も黒のガクランだったが、勿論スタイルは人さまざまだった。
ちなみに以前この日記で紹介したK藤という高倉健ばりの
マル暴さんのご子息のガクランには内側に龍の刺繍が施してあり、
着替えのたびに「オオッ」と周りからはどよめきが起きたものだ。

夏場ともなれば、部活の練習が終わった体育会系の部員が
水のみ場で水を浴び、そのままの状態(全裸)で
学校の外の自動販売機にジュースを買いに出かけるものだから
近所から苦情が来てしまい、校門に「裸で買い物に行かないように」
という注意書きが貼り出されたこともあった。
(が、いかに見つからないように裸で俊敏に買い物に出かけるか…
 というムタイな遊びが行われていたのは周知の事実だった)

そんな我が母校も、去年(だったと思う)共学校になった。
電車に張ってあったポスターには有名デザイナーに依頼したという
オシャレなブレザーを身にまとった男女がニッコリ微笑んでいて
「うぅ〜む…時代が変わってしまった…」
と感慨深い思い(そんな立派なものではないが)を抱いたものだ。

K高校は色んな部活動が結構強くバレーボールも例外ではなかった。
それだけに練習はキツかったが、辞めようと思ったことはなかった。

練習は毎日放課後の午後3時過ぎから7〜8時過ぎまで。
大会が近くなると7〜8時半までの早朝練習があったりもした。
土曜日・日曜日や祝日には練習試合で遠征することもしばしばで、
休みといえばお盆の3日間と年末年始の3日間位しかなかった。

どうしてもイヤなものが一つだけあった。
それは「夏の合宿」である。

長野や新潟のオンボロ旅館に一週間ほど泊まりこんで
朝から晩まで練習や地元の高校と練習試合をするのだ。
一日のスケジュールはこうだ。

6:00       起床
6:30〜7:00  体操と散歩
7:00〜7:30  朝食
8:00〜11:30  練習
12:00〜13:00 昼食
13:30〜17:00 練習
18:00〜19:00 夕食
20:00〜21:30 練習
22:00〜23:00 入浴・就寝

と、ざっと計算して一日8時間以上も練習するのである。
練習そのものがツライというより、合宿所の食事は例外なくマズく
テレビを見るのも禁止されていて息が詰まりそうだった。

おまけに合宿中だけ姿を見せるOBが我がもの顔で威張り散らし、
「気合が入っていない」とか「水を飲むな」とかと喚くものだから
みんなでいつか旅館の近くの肥溜めに突き落とそうと話し合っていた。

そして一週間泊まる部屋も大体ひどい部屋だった。
男子高校生5〜6人がクーラーもない部屋で寝泊まりするので
部屋全体が不衛生そのもののような状態を呈していた。
おまけに布団は敷きっぱなしで、汗が染み付き悪臭を放っていた。

いま戻れるとすれば高校時代に戻りたいと思うが、
合宿のあの空間・あの時間だけはカンベンして欲しいと思っている。

そしていまも夢に見る事件は忘れもしない2年生の合宿中に起きた。
合宿も残すところあと1日となり、
僕は疲労と安堵感で不衛生極まりない布団で深い眠りに就いていた。

すると夜遅く、顔の上をなにやらコソコソと歩くような感触が…。

狭い部屋に布団を並べて寝るうえに揃いも揃って寝相が悪いので
隣同士の手や足がぶつかることがよくあったので気にもしなかった。

が、『それ』があまりにもしつこかったので
僕は思い切り『それ』を握って畳の上へと叩きつけた。
それきり顔の上をコソコソする感触は無くなり、
僕はまた疲労を回復するべく深い眠りへと落ちていった…。

『それ』の正体は翌朝すぐに判明した。

僕は体長7〜8センチはあろうかという『ゴキブリ』を握り潰し、
無意識のうちに寝ていた布団の脇の畳にこすり付けていたのである。
いまも手にはその時の感触・手応えが手に残っている。

夏が来れば思い出す、高校2年生の頃の思い出である。

2004.09.02 | コメント[0]トラックバック[0]