外国からの援助要員受け入れをかたくなに拒んできたミャンマー軍事政権が姿勢を転換させた。23日、軍事政権トップのタンシュエ国家平和発展評議会議長と会談した潘基文(バンギムン)国連事務総長は、政権側とすべての援助要員受け入れで合意したと明らかにした。援助の手が届かないまま困窮を極める被災者には大きな朗報だが、軍事政権への不信感が根強い欧米などでは、どこまで政権が国際社会と協力して救援を進めるか疑問とする声もある。【バンコク藤田悟、ロンドン町田幸彦】
22日、潘事務総長と会談したテインセイン首相は、「緊急支援の段階は終わった」と述べ、援助要員を拒む姿勢を崩していなかった。23日の軍事政権の突然の方針転換は、最高権力者のタンシュエ議長自らが決断したとみられる。
軍事政権の行動の背景には、常に自己の権力維持があった。サイクロン被害で海外からの要員を拒んだのは、軍の権限を保障する新憲法案の賛否を問う国民投票が被災直後の10日に予定され、国民への不正な圧力や開票操作が、国際社会の目に触れることを避けたい意向が働いたとの見方が強い。
だが、被災したイラワジ川河口のデルタ地帯は、主食であるコメの全国の6割を生産する大稲作地帯だ。その地域が壊滅的被害を受けたことで、今後、コメ不足と価格高騰が避けられない情勢になっている。
ミャンマーでは昨年8月、政権による燃料費大幅値上げが僧侶を中心とした国民の反感を生み、9月の大規模反政府デモに発展し、軍事政権は武力で鎮圧した。今回、政権が恐れるのは、被災住民の反感よりも、コメの価格高騰による大規模反政府デモの再来だ。コメ不足を回避するためにも、軍事政権は海外からの援助を確保しておきたい思惑があったとみられる。
軍事政権は、サイクロン被害復旧には117億ドル(約1兆2000億円)という巨額の費用が必要になると計算している。25日にヤンゴンで、東南アジア諸国連合(ASEAN)と国連の共催で開かれる支援国会合を前に、開放姿勢をアピールする必要もあった。
被災後、救援対応をテインセイン首相らに任せてきたタンシュエ議長は、19日以降、連日被災地に足を運んだ。自らが被害の実態を目にすることで、報告とかけ離れた被害の甚大さを初めて認識し、方針転換につながったとの見方も出ている。
19日にシンガポールで開かれたASEANによるミャンマー支援のための特別外相会議で、ミャンマー軍事政権はASEAN各国からの医療チーム受け入れを認めることで合意した。すべての救援要員を受け入れるとした23日の合意と合わせ、軍事政権の方針転換に、ASEANが果たした役割は大きい。
ASEANは連携を維持するため、互いの内政には口出ししない「内政不干渉原則」を取る。サイクロン被災を巡っても、欧米が軍事政権の「非人道ぶり」を声高に非難して要員受け入れを迫ったのに対し、ASEAN各国は強い非難は避けて水面下で説得を続け、一定の成果を上げた。
しかし、民主化運動指導者のアウンサンスーチーさんを支援して経済制裁を続ける欧米を、軍事政権が敵視する現実は変わらない。欧米側にも軍事政権の閉鎖体質への不信感が極めて強く、要員受け入れ表明が、肝心の被災者支援に直結するか疑問とする声が多い。
軍事政権は、被災地に入る道路に検問所を設け、外国人の立ち入りを禁止する異常な措置を取ってきただけに、援助にかかわる人たちの見方も同じだ。国際赤十字の担当者は「本当に全面的な救援活動ができるのか見極める必要がある」と話し、世界食糧計画(WFP)の報道官は「重要なのは被災地に入ることができるかどうかだ」と指摘する。
英王立国際問題研究所のガレス・プライス・アジア部長は、政権が要員拒否を続けた理由について、「技術を持った海外の救援隊が来ると軍の能力不足が浮き彫りになり、威信が傷付く。多くの外国人が入国すれば、国民を反政府思想にさらす恐れもある」と指摘する。
国際社会が救援に民主化要求を絡めれば、軍事政権が途端に閉鎖姿勢に戻る可能性もある。軍事政権がどこまで本気で「開放」へかじを切ったのか、国際社会は政権の具体的行動に注目している。
サイクロン「ナルギス」による死者を軍事政権は7万7700人、行方不明者5万5900人と発表。国連人道問題調整事務所(OCHA)は死者6万3000~10万1000人、住宅を失った人55万人、被災者総数は240万人に上ると推計している。
しかし、軍事政権がこれまで国際機関や援助関係者、報道関係者の被災地への立ち入りを制限してきたため、詳細な被災状況は不明だ。地域別の死者、行方不明者数も明らかになっていない。
22日に国連がまとめた報告書によると、エヤワディ、ヤンゴン両管区の計14の町で避難生活を送る約11万人の被災者のうち、約70%が寺院、28%が公共施設、残り2%がキャンプで暮らしている。
衛生状態の悪化から、エヤワディ管区のラプタでは5歳以下の子供の約30%が下痢または赤痢に感染。飲み水の確保が急務になっている。国連児童基金(ユニセフ)は、はしか発生の可能性を指摘し、ワクチン接種を開始した。サイクロンで家族や地域共同体の保護を失った、100万人の子供たちへの緊急支援の必要性も訴えている。【佐藤賢二郎】
毎日新聞 2008年5月24日 東京朝刊