医療制度のあるべき姿とは何なのか。後期高齢者医療制度が混乱したのは、その答えをあいまいにしたまま走り出したためだ。この失政を認めたうえで、政治家には「高齢者を切り捨てるのか」という声を正面から受け止めて、国会で医療改革の議論を早急にやり直すことを求めたい。
民主党など野党4党は23日、同制度の廃止法案を参院に提出した。来年4月に制度を廃止して、その後は元の老人保健制度に戻すという。これに対して、与党は新制度の改善策を近くまとめる。低所得者への保険料軽減策などが盛り込まれる予定だが、制度の骨格は変えない方針だ。
問われているのは75歳以上を独立の医療保険制度に入れたことの是非だ。そもそも病気になるリスクの高い高齢者だけを対象にした制度は保険原理にはなじまない。多くの元気で健康な人が病気の人たちを支えるというのが保険制度だが、後期高齢者制度はそうはなっていない。
75歳以上を独立させて医療制度を作ったことをどう判断するのか。与野党は、まずここの問題から議論をし直すべきだ。医療改革を政争の具にすることが絶対にあってはならない。
廃止法案を出した野党に注文がある。新制度を廃止した後の対案を早く示してもらいたい。行き詰まりつつあった従来の老人保健制度に代わる高齢者医療制度の創設を検討すると与野党で決めていたはずだ。廃止して元の制度に戻すという案では国民は納得しない。野党の医療改革への熱意が感じられないからだ。民主党は記者会見で「できるだけ早く党内で新制度を議論して制度設計したい」との考えを示したが、対案の提出時期は明らかにしなかった。対案を出さなければ、議論は深まらない。
与党は負担軽減策など、改善策を細切れで出すことで新制度の骨格は維持したいという考えだが、その場しのぎの対策では高齢者の不信を払しょくできるとは思えない。
高齢化によって増えていく医療費は、現役、高齢世代と公費でまかなうしかない。高齢者にも保険料を負担してもらわなければ、その分は現役世代が背負うことになる。公費をどこまで入れるかも含め、医療費負担のあり方を議論することが必要だ。
日本の総医療費を対国民所得比でみると、先進国のなかでは低い水準だ。しかし、政府・与党は医療費水準の抑制を続け、医師不足をはじめ医療崩壊ともいえる現象が起きている。
政府・与党の医療費抑制に危機感をもった高齢者は「早く死ねというのか」と本質を突いた批判をした。これに応えて、与野党は本気で議論をすべきだ。
毎日新聞 2008年5月24日 東京朝刊