2008/05/23 10:01
いきなり下世話なタイトルで申し訳ありません。ちょうど1カ月前の4月23日,公正取引委員会(公取委)は独占禁止法違反の疑いで日本音楽著作権協会(JASRAC)を立ち入り調査しました(Tech-On!の関連記事1,Tech-On!の関連記事2)。JASRACと放送事業者が結んでいる包括徴収契約は,放送事業者がどんな曲を何度かけても一定の割合の金額しか支払う必要がない「どんぶり勘定」であり,それが音楽著作権管理事業者の新規参入を妨げているというのです。
JASRACが音楽著作権管理事業の市場で独占的な立場にあることは誰でも知っています。そもそも2000年に著作権等管理事業法が成立するまでは,音楽著作権管理事業を行っているのはJASRACだけでした。2000年以前の100%独占から,他の事業者の新規参入で必然的に独占率は下がってきています。しかも,JASRACや各放送局は,今回,問題になった「どんぶり勘定」を改めるために,放送で使用した曲をきちんとカウントするための取り組みをここ数年進めています。なので「なぜ今,立ち入り調査なのか」という疑問はあります。事実,JASRAC理事長の加藤衛氏は,あくまで個人的な見解としたうえで「いったいどこが問題なのか」と不満を漏らしています(Tech-On!の関連記事)
公取委が公開している「よくある質問コーナー(独占禁止法関係)」というWebページには,公取委が独禁法違反行為についての審査を開始するのは,四つの場合があると書かれています。「一般からの報告(申告と呼ぶ)」「公取委が自ら違反を発見する場合」「課徴金減免制度の利用」「中小企業庁長官からの調査請求」です。課徴金減免制度とは「違反事業者が公取委の調査開始前に所要の情報提供を行えば課徴金を減免する制度」だそうです。JASRACにとって立ち入り調査は青天の霹靂だったので,この可能性は除外できます。ということで,可能性としては,一般からの申告があったか,公取委あるいは中小企業庁がJASRACに問題があると独自に判断した,ということになります。
一般から申告があり,それが「書面で行われ,具体的な事実を示しているものである場合」には,公取委は,その報告にかかわる事件についてどのような措置を採ったか,あるいは措置を採らなかったかを報告者に通知することになっています。「なぜ今?」という疑問に対しては「JASRACが独禁法に違反していると誰かが申告し,その事実を確認するために公取委が調査を行った」と考えるのが自然でしょう。しかもその「誰か」は,JASRAC以外の音楽著作権管理業者である可能性が高い。ということで取材を進めました。
日本の音楽著作権管理市場は,圧倒的に巨大なJASRAC,イーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)というJASRAC以外の事業者の中では存在感のある2社,その他の小規模事業者が少し,という構成になっています。
まず取材したのはJRCです。驚いたことに,同社代表取締役社長の荒川祐二氏は「なぜ今,JASRACが立ち入り調査を受けるのかわからない」と,むしろJASRACを擁護する口調でした。聞いてみると,JRCは今回問題とされた放送分野の音楽著作権管理事業は行っていないとのこと。同社には「定量的な楽曲カウントができない事業は行わない」というポリシーがあるため,放送で定量的なカウントが可能になるまでは放送分野に参入する予定はないそうです。同社が申告を行った可能性は低いでしょう。
次に取材したのがアジア著作協会です。以前は韓日著作協会という名称であり,現在でも管理している楽曲の多くが韓国のものです。有名なところではドラマ「冬のソナタ」の主題歌の著作権を管理しています。韓流ブームで韓国ドラマの放送が始まったころは,同協会が管理している韓国の楽曲はJASRACの2倍くらいあったそうですが,今はJASRACの10分の1程度になってしまったとのこと。これは,韓国のテレビ局が,韓国ドラマを流す日本のテレビ局の便宜を図るため「楽曲をJASRACに登録しなければドラマに使わない」という契約を楽曲の著作権者と結んでいるのが原因だそうです。同協会はJASRACとまともに競合しているため,「JASRACは独禁法に違反している」という思いはあるとのこと。ただ「申告したのは自分たちではない」という回答でした。
最後がイーライセンス代表取締役である三野明洋氏への取材でした。イーライセンスはJRCとは異なり,放送に関する著作権管理も行っているため,JASRACと競合しています。取材に対しては基本的には「JASRACと公取委のことなので,コメントできる立場にはない」というスタンスでした。ただ「公取委が立ち入り調査した理由については想像するしかないですか」という私の質問に対しては「そうですね」という返答でした。イーライセンスも申告を行っていないようです。
ということで「JASRACを刺したのは誰か」についてはわかりませんでした。期待していた人,ごめんなさい。ただ,「JASRACとテレビ局が進めている全曲カウント体制構築の進捗が遅いことにいらだっている人がおり,その人が今回の調査の引き金になった」のは確かです。どこかの音楽著作権管理事業者か,あるいは霞ヶ関にその人はいるのでしょう。
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