ひょっこりひょうたん島
製作秘話
原作者の一人である井上ひさしは、2000年9月の山形県川西町・遅筆堂文庫生活者大学校「ひょっこりひょうたん島」講座で、制作当時から秘密にしていたこととして、以下の2点を明かした。その秘密とは、この「ひょっこりひょうたん島」という物語には、「親」を登場させなかったこと、そして、物語の場をユートピアとして設定するため登場人物をすべて「死んだ子どもたち」として考えて物語をつくっていたこと、この2点である。井上は、「親」決して登場させたなかった理由として、井上ともう一人の原作者である山元護久、そして担当ディレクターの3人がともに、両親に頼ることのできない子供時代を送ったことを挙げている。また、死んだ子供たちの世界として描いた理由として、そのことによって食糧問題を発生させることから回避すること、それを踏まえて、子供たちの親や大人に絶望したうえでもつ明るさを、死んだ人間のもつ明るさを描きたかったことを挙げている。
なお井上は、「ひょっこりひょうたん島」の着想を、北杜夫の童話『船乗りクプクプの冒険』から得たことも、角川文庫版『船乗りクプクプの冒険』の解説で述べている。
声優のアドリブが徐々に台詞に反映されていったのも有名な話。たとえば、ドン・ガバチョがトラヒゲを「トラど」と呼んでいたのは、藤村有弘がアドリブで言ったところ、スタッフに受けたため定着した。
郵便局員がネコババするというストーリーがNHKの監督官庁である郵政省の逆鱗に触れ、突然放送が打ち切られたといわれている。最終回は、主題歌が短調で歌われる物悲しいエンディングであった。
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