2008年04月09日

初登校

 紅円の初登校の日だ。
「一人で行ける」とは言うものの、
 早朝の電車がどんな具合か一度見てみようと思い、早起きする。
 計算では、7:15発の電車に乗ることができれば、指定された登校時間にちょうどいい。

 娘の通う学校では、コートは色指定があるだけでなく、指定業者のものでなくてはいけないそうだ。
 カーディガンは、色と形の要件を満たしていればいいとのこと。
 だが、
「きっと誰も着てこないと思う。今日は校庭で全校生徒が集まるんだけど、校長様がいらっしゃる時には制服だけだそうらしいから」
 しかし、北海道生まれ育ちのくせに、カーディガンを着ていても「寒い」と身をすくめている。

 娘はレディース車両の列に並び、俺は隣の車両を待つ。
 予定より2本早い電車に乗ることになった。
 ホームに立っていると、紅円と同じ制服を着ているが、かなり背の高い落ち着いた感じの女の子がやってきた。
 これは先輩か、と思い、紅円に合図を送ったが、気づかない模様。
 だが、やはりレディース車両に乗るかと思われたその子は、どういうわけか、俺と同じ列に並んだ。
 混んではいるが、9時前後の猛烈な満員ではない。
 大人しい人たちが、小さく畳んだ新聞に目を落としているか、目をつぶって瞑目している。

「隣の車両からなら様子が見えるんじゃない?」などと言った妻の言葉は机上の空論で、隣の車両どころか、どこに誰がいるかなんて、判りはしない。
 先刻の女の子は、手にした日本史風の資料に目を落としているが、足元のバッグが人波に揉まれるので、引き寄せるのに大変そうだ。
 ある駅で、バッグが大人たちのすねに挟まれてしまった。
 一生懸命身を屈めて、手許にたぐり寄せている。
 娘と同じ制服を着ている子ゆえ、他人事とも思われず、
「大丈夫かい? 手伝おうか?」と声をかける。
「大丈夫です。ありがとうございます」
 朝の電車で会話を交わす人はいないので、いくつかの怪訝な視線を受ける。

 大きな駅で車内が少し空いた。
 先ほどの子が、
「さっきは、ありがとうございました」と言う。
「二年生ですか?」と訊いた。
「いいえ、一年生です。今日が初登校なので」
 これは驚いた。
 ずいぶんしっかりしている。
「そうなんだ? 実は僕の娘も一年生でね、隣の車両に乗ってるんだ」
「私も、女性専用に乗ろうと思ったんですけれど、混んでいたから」
「かえってそうかもしれないね」
「娘さん、何組ですか? 私はX組です」
 ここではっきり「いろはに」で答えるべきところ、なんだか間違って、
「1組……いや、1じゃないや」と戸惑ってしまった。
 嘘つきかと疑われるのを避けるべく、昨日覚えたX組の先生の名前を出し、
「あ、じゃあ、XX先生だね?」
「はい」
「あなたは、在校生組?」
「いいえ。受験で入りました」
 それにしては、実に落ち着いている。

 あっという間に、学園のある駅に着いた。
 隣の車両から降りてきた紅円と、そのしっかりした彼女を引き合わせる。
 互いに名乗り合い、並んでホームを歩いていく。
 何の心配もない。

 はじめ、地下鉄に乗り継いで赤坂見附の事務所に行こうと思っていたが、地下鉄もまた混んでいるだろうと思い直し、表を歩いて行こうと決めた。
 改札へ続く階段を上ると、娘の通う学園を含め、女子中高生の群衆……そして、きっちりした身なりのビジネスマンおよびウーマン。
 不思議な駅だ。
 それはそうだ──入試も合格発表も入学式も1学年だけだが、ぜんぶでその6倍の生徒がいるわけだから。
 娘はもう心配なかったので、
「じゃあな」と言い残し、逆方向へ歩く。
 昨日の嵐はどこへやら、うららかな日である。

posted by TAKAGISM at 23:59| Comment(0) | 雑感
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