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2007年6月21日

追跡いじめは今 現場からの報告<3>逆転 加害者が突然、被害者に―連載

 はじける2人の笑顔から、当時の「悪夢」を想像するのは難しい。

 北九州市内の小学校に通う6年生のマキ(11)と妙子(11)=いずれも仮名=は、今年に入って相次いで転校してきた。今は仲良しの2人だが、ほんの1年前は、いじめの「加害者」と「被害者」の間柄だったのだ。

 「妙子が、あんたの悪口言いよったよ」。5年生の一学期。2人を含む5人の同級生グループの、ある女子がマキにささやいた。それは妙子を仲間外れにするためのデマだった。だが、何度か言われるうちに、マキの不信感は募り敵意さえ抱くようになった。

 妙子への4人のいじめは仲間外しにとどまらなかった。廊下ですれ違いざまによろめくふりをして体当たりする。放課後の教室で黒板に「死ね」「うざい」と書く。つらかったのは、グループと無関係の友達をも遠ざけられたことだ。教室に1人でいる妙子に同級生が声を掛けようと近づくと、間に割り込まれて“接近”を妨害された。

 「完全な孤立、でした」と妙子は顔を曇らせた。人間不信になり、髪がごっそり抜け落ちた。
 マキも同じ輪の中でいじめを楽しんでいた。

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 二学期。今度はマキが標的になった。
 発端はグループ内のささいな話の行き違いだった。マキは当初、どうなったのか分からなかった。だが何を話しかけても無視される。妙子にしていたことが自分にも降り掛かるようになり「ああ、いじめられてるのかなあって感じた」という。

 矛先がマキに向いたことで、妙子へのいじめは沈静化した。マキはストレスで激しい腹痛に襲われるようになった。学校も休みがちになって両親も異変に気付く。

 昨年11月。マスコミは連日、いじめ自殺を報じていた。不安を感じた母親がマキの部屋をのぞくと、机の引き出しにノートの切れ端があった。〈私そんなにうざい?〉〈○○をうらんでやる〉…。精神的に追い詰められたような殴り書きに「心臓が止まりそうになった」と母親は明かす。

 学校に相談しても動きは鈍かった。「担任の先生に話しても『それはいかんね』と言うだけ。もう何言っても駄目と思った」(マキ)。かつてのいじめの加害者が被害を訴える-。そのことに、校長も担任にもどこか共感が持てない様子が見て取れたという。

 「転校しかない」。両親は思い始めた。

 孤立するマキに手を差し伸べたのは、ほかでもない妙子だった。話し相手になった。一緒に帰ることもあった。「あのときは洗脳されてた。自分がいじめられて妙子の気持ちが分かった」。マキは妙子に謝罪した。

 二学期の終業式を最後にマキは学校を去る。妙子もいじめの再開を恐れ、三学期に入って間もなく後を追った。

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 仲間外しや無視は、以前からあるいじめの一典型と言ってもいいだろう。だが近年は、仲間外しをした子が突然、逆に仲間外しに遭う。「いじめる側」が大した理由もなく「いじめられる側」に転化するのである。

 国立教育政策研究所は1998-2003年、小四-中三の約5500人を対象にいじめの追跡調査をした。それによると、小4から小6まで、中1から中3までの各3年間で、7-8割の児童生徒が加害も被害も一度は経験していた。さらに小4から中3まで6年間で見ると、経験者は9割以上に達したのだ。

 「立場が固定したいじめっ子、いじめられっ子はあまりいない。いじめの被害者も加害者も大きく入れ替わるものだという認識が必要だ」。調査を担当した滝充(みつる)・総括研究官は指摘する。

 立場は容易に逆転する。「目に見える部分だけで判断しても、いじめ対策は十分な効果を上げられない。背景にある子どもたちの複雑な人間関係に目を向けないと」(滝さん)。果たして今の学校現場はどうか。

 マキと妙子は今、どんなことでも相談できる親友である。2人は口をそろえる。「転校して良かった」と。

2007/06/17付 西日本新聞朝刊