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2007年6月14日

追跡いじめは今 現場からの報告<2>障害 被害を言葉にできない

 「僕ね、もう我慢できなかったんだよ」。今春、福岡県内の小学校を卒業した義人(12)=仮名=は、幼さの残る瞳をクリクリさせ、そう話すのがやっとだった。

 卒業を控えた3月中旬、転校してきて間もなく1年になろうとしていた。放課後の校庭で遊んでいると、4年生2人に囲まれはやし立てられた。「やーい、キモロンゲ!」。気持ちの悪いロン毛(長髪)という意味の、義人が1番気にしている「あだ名」だった。

 肩に届くお気に入りの長髪。毎日洗髪を欠かしたことがなかったが、かねてからの悪口に耐えかね、ばっさり切り落としていた。にもかかわらずの中傷に、いつもはおとなしい義人もこの日は言い返した。殴りかかってきた相手ともみ合いになり手の骨を折った。

 「家に帰って泣くばかりで…。学校の話などから初めて状況を知りました」と母親。義人はその後、不登校になり卒業式も欠席した。嫌がらせは半年ほど前から始まっていたことが分かった。
 「心配していたことがまた起きてしまった」と母は思ったという。

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 義人は発達障害の一種である高機能自閉症や注意欠陥多動性障害(ADHD)などを抱え、養護学級(現在の特別支援学級)に通っていた。成績は優秀だが、人間関係を築くのが苦手だ。

 発達障害と診断されたのは4年生のころ。前の小学校でだった。状況にかかわりなく唐突に話し出す。授業中に教室を動き回る…。ほかの子と見かけは変わらないだけに言動が奇異に映り、いじめの標的になった。

 トイレの中をのぞかれる。靴や勉強道具が何度も隠された。学校に相談して解決したこともあるが、多くの場合、周囲に溶け込めない本人に問題があるように受け止められたという。

 今回も両親は「異変」を感じてはいた。

 「あの子、ちょっと変」。バスに乗っているときや買い物に出た際、息子に対する同級生らの陰口を耳にした。「髪を切りたい」。本人がそう言い出した機会をとらえ、学校でトラブルがないか聞いてみた。しかし、要領を得ない答えが返ってくるだけだった。

 「今思うと、隠していたというよりも、うまく話せなかったのだろう。興味のあることは事細かに記憶しているのに、興味のないことや嫌なことは(話そうにも)ほとんど覚えていないんですから」。父親は困惑した表情を浮かべた。

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 「嫌なことは忘れるというより、起きた事の全体像を把握して言葉で説明することができないのが、この障害の特徴なんです」。発達障害者を支援する佐賀県の特定非営利活動法人(NPO法人)「それいゆ」の服巻智子相談センター長(48)は、そう指摘する。

 相手の意図を読むことが苦手なため、自分がいじめを受けているという認識がない場合もある。ある小一男児は、教科書をどぶに捨てられても親に報告しなかった。「かわいがってやってるんだから」と相手に言われたことを信じており、発覚後も「いじめじゃない」と訴えたという。

 「それいゆ」は、いじめ防止の有効な方法として「障害表明」を指導している。知的障害、身体障害と異なり、発達障害が周囲に分かりにくい障害だからだ。まず学校に、そして教師から子どもたちへ「これは発達障害という障害なんだ」ときちっと伝える。実際、障害表明をして理解が深まり、いじめられなくなったケースは多い。

 だが、それには「障害のタイプを知り、対応を訓練しておく」(服巻さん)など、教師の理解と支援が不可欠だ。

 発達障害児へのいじめの実態はあまり知られていないが、熊本県が昨年10-12月、約200人の発達障害者とその保護者に聞いたところ、障害者の37%が学校や幼稚園・保育所で「いじめを受けた」「受けている」と回答。さらに、約3割が不登校になった経験があることが判明した。

 義人は中学校に進学した。だが、いじめの後遺症を引きずり、まだ一度も登校していない。

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 ▼発達障害 先天性の脳機能障害とされ、全般に他者とのコミュニケーションに問題があると指摘されている。「高機能自閉症」や「ADHD」のほか、特定の能力の習得が困難な「学習障害」(LD)などがあり、文部科学省によると、普通学級に在籍する小中学生の6%にこの障害の可能性があるという。

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2007/06/10付 西日本新聞朝刊