中国の気候と農業地理

中国の気候模式図  


橋本万太郎『民族の世界史5 漢民族と中国社会』(山川出版社、1983)より

「 図5に示したように、中国を含む、ユーラシア大陸東部の夏にかかわる風系に、赤道西風と中緯度偏西風がある。赤道西風は、一九四五年に発見された、小さい風系であるが、低緯度地方の気候にきわめて重要な意味を持っている風系である(その南北限をそれぞれSITC、NITCという。ITCとは Intertropical Convergence zone の略である)。小さいという表現は、この図からでは、理解しにくいが、厚さはせいぜい五〇〇〇メートル前後にすぎない。図中に示されているチベット・ヒマラヤ山塊の高さが八〇〇〇メートルを越えることを考えれば、その小ささ、ということが了解されよう。それにたいして、それにたいして、北方にある中緯度偏西風は、厚さ二万五〇〇〇メートルを越える巨大な風系である。

 小さい風系でありながら、赤道西風が重要なのは、その高い湿度と雨をもたらせる働きによる。一般の常識には反することであるが、この赤道西風はその北側にある空気よりも気温が低い。そのことが、多量の雨をもたらせる原因でもある。つまり、わずかな上昇によっても雨が凝結する。図の範囲についていえば、赤道西風はまず、インド西海岸のガーツ山脈にぶつかって上昇し、その西斜面で激しい雨をもたらす。是が、いわゆるインドの南西モンスーンである。赤道西風は薄い風系であるからヒマラヤを越えることができない。一部はヒマラヤ南麓の低圧部によって上昇気流に転ずるが、主流は東に向かい、ビルマのアラカン山脈の西斜面で、つぎの豪雨域をつくる。さらに東流してフィリピンの西側に、第三の多雨域が生ずる。

 ところで、ヒマラヤがその高さによって赤道西風を阻みうるのはその東縁までにすぎない。すでに慣性によって、赤道西風の主流は東進しているものの、東シナ海にいたっては、まったく地形的障害がなくなるために、赤道西風の一部は北方へむかって進入することが時々ありうる。この空気は右に述べたように多湿であり、また低温であるために地表面を舌のように這って北上するために、「湿舌」と呼ばれる。中国南部の湿潤は、この湿舌の進入経路にあるということによって、部分的に説明される。また、中国南部の湿潤は、図中、小笠原高気圧という字の左側の細い矢印によって示したような空気の流入によっても説明される。ここでは、赤道西風の分枝としての湿舌を強調して、矢の大きさを違えてある。是が、さきに述べたように、正統的ないし伝統的な考えであるが、新しい説のなかには、その割合を反対に考えるものも、出はじめている。

 いずれにしても、中国南部の湿潤は右のようにして説明されるが、南北の対照ということにかかわる重要な存在は、梅雨前線である。前線とは、いうまでもなく二つの性質の異なった空気の接するところであるが、図5で、その西端が、チベット・ヒマラヤ山塊の東端にあたっていることに注目されたい。梅雨前線は、全体としてみれば中緯度偏西風のなかの一構造である。したがって、梅雨前線北端の空気は、チベット・ヒマラヤ山塊の北端を西方からやってくる大陸性の乾燥した空気であるのにたいし、その南側の空気は、図でみるように、赤道西風の分枝か、あるいは小笠原高気圧の南からやってくる湿潤な空気である。気温の違いも一般に大きい。このように、非常に性質の異なる空気が接しているのが梅雨前線であり、世界でもっとも明瞭な前線である。

 図5では、梅雨前線がほぼ東京のあたりにある。例年であれば、さらにしだに北上し、八月ころ、北海道では旭川のすこし北、朝鮮半島ではソウルのあたりまで達する。中国本土の上においても、八月には図5の位置より若干北上するが、その西端が性質上、ちべちと・ヒマラヤ山塊の東端に固定されていることと、右(東)上がりの前線の走り方からも推定されるように、その北限は長江のやや北のあたりにとどまることになる。

 われわれの日常の経験からわかるように、梅雨によって田に水を得、梅雨明けの高音によって、稲の成長が促進されるから、稲作の北限が、ほぼ梅雨前線の北上の限界によってきめられることになる。事実、北海道の米作の北限は名寄付近であるし、朝鮮半島も南半が米作地帯であり、近年技術改良によって北進したとはいえ、北半は伝統的に雑穀地帯であった。そして中国においても、北の麦作と南の稲作は、長江のやや北において、かなり明瞭な境界をもってわかれている。」

  (以上、橋本万太郎『民族の世界史5 漢民族と中国社会』(山川出版社、1983) pp.35-37)


中国の原植生          


 佐々木高明『照葉樹林文化の道』(NHKブックス、1982)より


温度と乾燥度による植生の変化      


  上山春平編『照葉樹林文化』(中公新書、1969)より


 以上のような中国の南北による植生環境・農業・生活文化等の相違については、以下に掲げる書籍を参照。

中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』(岩波新書、1966)
上山春平編『照葉樹林文化』(中公新書、1969)
上山春平・佐々木高明・尾佐助『続・照葉樹林文化』(中公新書、1976)
佐々木高明『稲作以前』(NHKブックス、1971)
佐々木高明『照葉樹林文化の道』(NHKブックス、1982)



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