三重県津市で陸上自衛隊がパレード
今の自衛隊に100年の歴史はないはずなのに?
4月26日、津市にある陸上自衛隊久居駐屯地・33連隊は、津市の中心市街地で創立100周年のパレードを行った。音楽隊を先頭に、自動小銃を担った迷彩服の隊員が300人、そして装甲車、地対空ミサイル、大砲の編成である。
翌27日には駐屯地内で記念式典が行われた。
甲斐芳樹司令が、帝国憲法時代に同地に置かれていた33連隊の戦果を紹介し、「軍人勅諭を心の支えとして…」とまで語ったというのだ。
実は、1908年に久居町(現在の津市久居)に陸軍歩兵第51連隊が設置され、1925年にワシントン軍縮条約で51連隊が廃止されたが、守山にあった陸軍歩兵33連隊が久居に移転してきた。その33連隊は、南京大虐殺や731にも関与した部隊である。
日本国憲法下の自衛隊は、帝国憲法下の帝国陸軍とは隔絶した筈なのに、帝国陸軍そのものだというのだから恐ろしい。。
今回の一連の行為が防衛大臣関与下のものであるならば、防衛省の認識そのものとして受け取らざるを得ない。また、現地部隊の専権であるならばシビリアンコントロールは形骸化し、かつての帝国陸軍のような現地部隊の独走を危惧しなければならない。
これら一連の行為の事実関係を確認するため、4月30日付けで石破防衛大臣に対して膨大な情報開示請求を行ったが、5月7日付けで受理するとの連絡を受けた。
そして、同日付で野呂昭彦三重県知事及び松田直久津市長に対して情報開示請求を実施した。県や市が、どんな対応をしているかを確認するためである。例えば、知事や市長が100年という記念式典に参加をしているのか、パレードなどに自治会等の協力要請はしていないか、1県民、市民に100年という広報をしていないか、などである。
津市長への開示請求時に判明したことは、対応した秘書課の中堅幹部も情報請求担当者も、100年周年という意味に全く疑問を抱いていなかったことである。そして、広報課も市民に配布する『市政だより』にも何の疑問も抱かず掲載していたことである。
知事への開示請求時に判明したことは、100年の起算に問題があると認識し、パレードへの参加は関わらないこと、式典については、防災の立場から例年の式典に出席しているのと同様の扱いとし、祝辞で100年という言葉を使わないことにしたという。
防衛大臣の開示は、受理の日から30日以内だから6月6日、県や市は15日以内である。防衛大臣や知事、市長の積極的な開示を期待している。
【参考】
防衛大臣に対する情報開示請求は24項目あるが、その概要を掲出しておく。
1 自衛隊久居駐屯地100年の起算の根拠
2 パレード、式典の全体企画書
3 パレード、式典を実施にいたるまでのすべての文書
例えば、防衛省や他省庁、三重県、津市等すべての自治体、関係団体、民間団体との 文書、内外の会議や打ち合わせの記録
4 出張命令簿など出張の記録、支出の書類
5 パレード、式典の準備中、行事中、事後のすべての写真
6 警察との交通規制、その他すべての文書
7 その他久居駐屯地の100周年のパレート、式典に関連するすべての文書
8 2005年から2007年における全国の陸海空のすべての部隊の敷地外でのパレード、敷 地の内外を問わず行われた式典
宮西 俊秀 さんのほかの記事を読む