千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2008年03月28日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「申」を食べる ~
脳までも食べなさる

 では何故、東北で狩猟圧が高かったのか。東北が冷害の地だったからである。江戸期、稲はまだ冷害にそう強い品種ではないにもかかわらず、年貢取り立てのため、土地に合わぬ稲が無理に作らされていた。また、江戸期は小氷期といわれるほど寒冷な時代だった。東北地方は恒常的に冷害にみまわれ、ひどい飢饉にしばしば襲われた。肉親さえ食う人も現れる悲惨な事態の前に、「猿を殺すな」などという禁忌なんぞ無きに等しい。飢饉の体験は仏教の殺生戒や「たたり」の呪縛をも吹き飛ばしたのだろう。

 東北地方は古来から狩猟そのものが盛んな土地柄だったことも関係しよう。明治になると狩猟は原則として国民に解放された。そこへ村田銃のような近代銃が急速に普及する。誰でもが農作業の合間に獣を狩って暮らすようになり、禽獣は急激に減っていった。とりわけ、東北地方で銃器はよく売れたという。猟師には餓死者が少なく、むしろ金を持つようになった者がいるような土地では当然だろう。そのシワ寄せが、猿の減少などにつながっているのである。

電脳はいいけど
猿脳はね

 中国では猿は古くから食べられているにせよゲテモノの類の珍味・奇味だった。16世紀の医・薬学家の李時珍は、「南人は猿頭をおいしいとする」「広東人は猿の脳を好む」と書いているが、筆に驚きが混じっている感がある。猴脳湯(脳スープ)とかなのだろうが、味はフグのキモのようなものらしい。珍味を強調するためか、猿の頭をそのまま皿に乗せて供することもあった。頭の皮を丸く剥いで、頭骨を鉅で丸く切り、脳を露出させたら、剥いでおいた頭の皮をゼラチンで貼り付ける。食すときは、皮をつまんではずす。

 『世界残酷物語』という映画に、生きた猿の脳を食べるシーンがある。他のいくつかのエピソードと同様に、ヤコペッティ監督の嘘だと思っていた。『インディ=ジョーンズ』の映画にもこのパロディシーンが出てくるほどで、有名な話ではあるが、中国人は生の動物はあまり食べぬし、脳は硬膜や蜘蛛膜などの膜に包まれていて、処理をしなければ外からそのまま食べにくかろうし。たぶん作り話だろうと思っていたが、実際に広東で行なわれていたことはあるようだ。勿論、現代では種々の理由でこんな「料理」はできないし、するべきでもない。

 やり方としては、猿を特製のテーブルに縛りつける。形が首枷のようで、上に首しか出ないようにして頭頂の毛を剃り、鉄鎚で頭蓋骨を穿ち、脳をスプーンですくい取って食べるというものだ。

 南米の古代文明に、人間の頭骨を切って脳外科手術をし、治癒した痕のあるミイラが見つかったりしているから、生きた脳を裸出させるのが不可能なわけでもなさそうだが、食べる気がするだろうか。好奇心、とりわけ食に関するそれはけっこう自負するものがある私だが、断じて「ノウ」である。農薬ギョーザと同じで、そもそも食文化に含めるべきとは思わない。

 

<連載終了>

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。