2008年03月14日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)
~「卯」を食べる~
兎美味し彼の山
アナウサギは地下道を掘るので、それをカバーする飼育法が考えられた。中世ヨーロッパの僧院では、庭に石壁をめぐらせ、床を舗装した中で飼った。地上で繁殖させるので新生児をたやすく得ることができ、そういう新生児や胎児も賞味していた。
むやみに穴を掘られてもかまわない、小島にアナウサギの繁殖コロニーを作ることが中世ヨーロッパに流行した。航海の途中に新鮮な肉を補給するため、洋上の島々にアナウサギを移殖もした。これが、小島の不安定な生態系を破壊し、かなりの数の動植物を絶滅させていく。オーストラリアにおいて大変な害獣となったことは有名だが、ヨーロッパ人の運んだウサギは、世界中を広く自然破壊したのである。日本にもそういう過程で伝わり、江戸中期以降は家兎が飼われるようになっていった。
兎と猫
ベトナムの十二支には兎の年がなく、そこには猫の年が来る。なぜだろうか、と考えていて、ベトナムではウサギになじみがないのではなかろうか、と目星をつけた。十二支暦が伝わった頃には、家兎は中国にもいないので野生種を考えると、ベトナムには3種がいる。ラオスとの国境の山地帯の一部に絶滅危惧のスマトラウサギの一種がいて、これは見かけるものではない。中国に広くいるシナノウサギはベトナムでは北東端にのみ生息する希少種である。中央部の海岸平野にはビルマノウサギがいるが、南部にはいない。つまり、古くからの大都市であるホーチミン(サイゴン)やハノイといった中心的な地域には、ウサギがいないのだ。ベトナムではウサギになじみがない故に、猫年ができたのだろう。
しかし、兎が猫に置換するには、その間に何らかの共通する属性がなくてはならないだろう。そこで、ベトナムではないが、あちこちで猫が兎とどういう関係になっているかを思い出してみた。
イタリアのフィレンツェは内陸の町で、海鮮ではなく肉が食事の中心である。フィレンツェの近くにはワインで有名なキャンティの丘を含むトスカーナの丘陵地帯が広がり、その森のジビエ(野生鳥獣の肉)も人気がある。最高のご馳走の1つがノウサギだ。第2次大戦直後、敗戦したイタリアでは、食糧不足にみまわれ、ジビエのノウサギが盛んに狩られた。ついには、トスカーナではノウサギがほとんど獲れなくなった。大好物の不足に困った人々は、入手できる肉で代用しようと、いろいろと試したという。その後、復興したノウサギが森に戻るまでの間、トスカーナの町では猫の姿が見られなかったそうである。
肉の味が似ている、という話だが、中央アメリカのニカラグア(ここもラテン系の人々が住みついている)には、「兎の替わりに、猫を与える」という成句がある。悪いものをよいものの替わりに与えること、を意味するらしいが、猫が兎と同じ用途を持たなければ、ことわざとして成立しないだろう。そしてこの場合の兎の用途は食用らしい。
日本では鷹狩りの鷹を仕込んで兎を狩らせるようにするとき、訓練で与える肉は猫を用いる。鷹も兎と猫を同一視する、というわけではないと思うが。どの例にせよ、兎と猫はサイズが近い、という特性の共通部分が関与しているのではないだろうか。食べる人数や調理の方法に、材料動物の大きさというのはかなり影響するものである。
最終回 | ~「申」を食べる ~ 脳までも食べなさる (2008年03月28日) |
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第9回 | ~「寅」を食べる~ 食う虎 食わぬ虎 (2008年02月15日) |
第8回 | ~「辰」を食べる~ 竜はおいしく食べられる (2008年02月05日) |
第7回 | ~「酉」を食べる~ ニワトリは、時計とギャンブル (2008年01月18日) |
第6回 | ~「丑」を食べる~ ウシはコーカソイドと共に (2007年12月26日) |
第5回 | ~「未」を食べる~ 大いなる羊は美しいが (2007年12月12日) |
第4回 | ~「巳」を食べる~ 天高く蛇肥ゆる秋 (2007年11月28日) |
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千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)
1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。
動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。