千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2008年03月14日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「卯」を食べる~
兎美味し彼の山

 このことを象徴するかのように、徳川将軍家では兎の吸い物が、年頭料理として調理されていた。元日に祝賀に登城した御三家や大名にも振舞われていた。この行事の由来については、いくつかの異説があるが、共通しているのは、信州の林氏が徳川氏に正月に兎を献じた点で、これは史実であろう。一般的にいわれている故事は、徳川家が旅先の山中で正月に兎の吸い物で接待を受けた、というものである。信州は、肉食を許す神の諏訪明神の鎮座地なので、この伝承の背景には諏訪信仰があるのだろう。

 兎肉は徳川幕府にとどまらず、宮中にも献上されている。『時慶卿記』12月の条にあり、どうも兎は冬に食される傾向が強い。換毛して冬に白くなるノウサギは、祥瑞吉兆の生き物とみなされ、信仰対象であったのだろう。

白身兎と赤味兎

 ヨーロッパには野生のアナウサギもノウサギもいる。アナウサギは家兎でもあるので流通は時期を問わないが、ノウサギは狩猟期の冬のみに流通する。冬には脂が乗っているし、非繁殖期なので胎児を殺さずにすむ、という利点もある。狩猟のそういう古来からの習慣は、対象動物を絶滅させない持続的な利用につながっていることが多い。

 アナウサギとノウサギは味が異なり、別物として扱われている。仏語で前者はlapin、後者はlièvreである。英語のrabbitとhareもそれと対応していたようだ。アナウサギの肉は白身で脂肪が少なく淡白な味。フリカッセ(白ソースの煮込み)やクリーム煮などに使う。粘着力が強いのでソーセージやプレスハムのつなぎ肉としても使われる。

 ノウサギは射殺か撲殺されるため、血を絞ることができないのもあって、肉色は赤い。やはり脂肪は少ないが、独特の風味がある。赤ワインで煮込まれることが多い。ローストやテリーヌにされることもある。

イスパニアは兎の国

 アナウサギはイベリア半島から北東アフリカが原産地である。それが歴史に登場するのは、フェニキア人が紀元前1100年にイベリア半島の海岸に到達したときである。フェニキア人は、海岸の穴に群居している小獣に驚き、母国のハイラックスを想起した。

 ハイラックスは岩狸目に属し、重歯目のウサギとはかなり異なる。系統的にはゾウに近いが、見た目はナキウサギのようである。アフリカの南部に多いが、北東アフリカ、シナイ半島からアラビア半島にかけて分布する種もいて、フェニキア人はそれに接しており、「シェファン」と呼んでいた。

 フェニキア人は到着した海岸を、ハイラックスに因み、「イ・シェファン・イン」と名付けた。イシュファニンである。それがラテン語でヒスパニア。スペインの国名の語源である。

 紀元前1世紀の古代ローマになって、アナウサギは養兎園で飼われるようになった、飼われたものが逃げ出したのが、そもそもの各地の野生アナウサギの祖先である。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。