千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2008年02月29日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「戌」を食べる~
羊頭ホットドッグ

天子も孔子も

 さて犬好きのほうであるが、中華の人々の国で、漢代までは一般に食用にされ、祭祀の生贄(いけにえ)にもされていた。孔子も食べた。紀元前の書物である『周礼』『礼記』に六畜、膳用六牲などのことばがあり、馬・牛・豚・鶏・羊・犬の6種が食用にされていたことがわかる。『礼記』には「孟秋之月天子食麻与犬」とあり、初秋には天子も犬を食べていた。「狡兎死、良狗烹」とあり、「良い犬が煮られる」という教訓があるということは、犬肉がふつうに賞味されていたことを示す。

犬鍋
犬鍋

 現在の中国で犬をよく食べる地方は、南の広東・広西両省、海南島、台湾、それに朝鮮半島に近い東北地区である。おおっぴらではないかもしれないが、その他の省でも部分的には食べられている。私は、日本で配布されている中国人向けの情報誌に、狗肉専門店の広告を見たことがある。

 香港は、地理的には広東省の一部で、犬肉を好む広東系住民がいるが、ペットとしての犬を愛するイギリスが支配していた時代の香港政庁では、犬食を厳禁しており、違反者は処罰された。闇ではだいぶ食べられていたらしいが。

 雲南の奥地では地羊肉と称して犬を食べ、鼻から尾までを用いた地羊全席も作られる。このいい方そのものに、羊のほうが本家だというニュアンスも感じられるが、そもそもが辺境の地だから、むしろ「お国自慢」ではないだろうか。

狗頭猪肉

 アメリカ文化が急激に流入している現代中国には、その食文化も広がる。極めてアメリカ的なホットドッグも売られるようになった。「熱狗」という直訳で売りに出されたために、「狗(犬)が入ってないではないか」と、怒る人がいたそうである。これなんかも「羊頭狗肉(看板に偽りあって内容が伴わないこと)」のたとえがあてはまる例ではあろうが、「狗頭猪肉」とでもすべきなのではあろう。

 同様な勘違いというか、文化的ズレの話で、日本語が少しわかるようになった中国人が、「ツナが入っているのがツナ缶というのを覚え、ネコ缶やイヌ缶を買ってみたら中身が違ったので失望した」という話もある。ドッグフードよりフードドッグのほうがありがたい文化というのはある。

愛犬(?)法の違い

 清朝の政治家・李鴻韋は、ロンドンに交渉に訪れた時、イギリス外相から贈られたシェパードを平らげてしまったそうである。

 周恩来首相は犬好きで有名で、北朝鮮を訪れた時は毎日一品は犬料理を食べていたという。公式の宴会では、金日成主席や日本の田中角栄首相と共に、「全狗席」つまり犬料理のフルコースを楽しんでいた。犬肉愛好者はこのようなおおっぴらに上層部にもいたのであり、犬食いが卑しめられているわけでも、卑しめられるべきでもない。一国の食文化はその独立固有度を示す面もあり、他国がどうのこうの云うべきではない。まして食材対象が家畜であるなら、煮て食おうが焼いて食おうが、好きな人を止めさせる権利は他者にはない。また、嫌う人々に強制する権利もないことは明白である。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。