千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2008年02月29日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「戌」を食べる~
羊頭ホットドッグ

犬食を忌む文化

 現代のイギリス人は犬を忠実な動物として病的に愛することが多い。他の欧米人も対立的な感覚は持っていないから、白人は犬を可愛がるとみなせる。そういう、犬をペットとする文化が日本などへも拡がり、「犬食」は何かしら通常でない感じを抱かれるが、歴史的には日本も犬食文化を持っていた。伝統からすれば、日本は現代のほうが特殊な状況にある。日本の犬食は後述にまわすとして、他の犬食忌避文化をみてみよう。

 イランあたりも「犬を食べるなんてとんでもない」という地域だが、その根拠というか、犬への接し方が、宗教の変更と共に180度変わっていながら、いずれにせよ「犬を食わない」というのが面白い。

 かつてペルシア帝国サーサーン朝の国教はゾロアスター教であった。ゾロアスター教には、犬に死体を見させて、死者の肉体から、腐肉を好む悪魔を追い払う、サグ・ディードと呼ばれる重要儀式がある。このための犬は四ツ目、つまり両目の上に白斑のあるのが望ましく、脚の先が白いと更に可、とされた。現代でもそういう色彩の犬がイランには多い。ともあれ、ゾロアスター教では犬は大切にされ、犬の1/3は人間であるという。

 やがてイランはイスラム化する。イスラム教徒は(ユダヤ教徒と同様に)、犬を不浄とする。少しでも触れたら身を浄めないといけないし、犬の触れたものはすべて汚れてしまう。シーア派最大の殉教者イマーム・フサインを殺した大悪人シェルムは、犬に姿を変えられたといわれる。このように汚い犬を食用にするなど、とんでもないことである。中国や朝鮮半島、インドシナ等で発達している犬食文化などというのは、蝿を食用にするようなショックを与えることであろう。

 このようにどちらの観点からしてもイラン人は犬を食べられないのだが、犬を食用動物とみなす文化も、当然に存在する。では肉としてはどのくらい賞味されているのであろうか。

羊頭狗肉

 「羊頭を揚げて狗肉を売る」といい、看板に羊の頭を出しておきながら犬の肉を売る、つまり「看板に偽りあって内容が伴わないこと」のたとえである。これだと羊より犬は食品として格下ということになるが、絶対そうなのだろうか。

 まずは羊肉が好まれるようになった歴史。契丹族は北方の民で、羊肉を多用する食習慣があり、遼国にそれを広めた。漢人は契丹食文化に染まって豚肉よりも羊肉を好むようになる。吉林省と北朝鮮の国境地帯にいた女真族は、松花江流域で農耕もして土着していた狩猟牧畜民であり、羊も豚も食べていた。女真族は金国を建て、中原地域の漢人の宋国と同盟して、契丹の遼国を滅ぼした。羊豚のどちらも食していた女真族は金王朝の後期になると、逆に漢化され、専ら羊肉を好んで食べるようになる。北が、南から北の文化を伝えられたようなものである。

 女真族の伝統料理に「全羊席」があり、羊を丸ごとサーヴする宴席である。これらで南宋の中華の人々がもてなされた。

 羊頭狗肉という語は、古来使われていたかもしれないが、直接には、この頃の出典がある。南宋時代の禅書で、無門慧開が著した『無門関』であり、1228年に成立している。流行がまさに反映されたのではなかろうか。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。