千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2008年02月15日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「寅」を食べる~
食う虎 食わぬ虎

 明の軍隊と戦っていたヌルハチが、長白山の麓にある村に、大晦日にたどり着いた。村長が、「麻虎子が出て困る」と訴えたので、ヌルハチはこの虎を退治して村人を救った。村人たちはこの麻虎子の肉を切り刻み、麺に包んで餑餑にして食べてしまった。以来、ヌルハチの徳を称えて大晦日には必ず餃子を作り、正月の食物とした。この村から中国全土へ餃子は広まったという。

 退治したのは本物のトラだったかもしれないが、この餃子系の食物の分布は広く、もともと羊の肉を使うものだったと思われるが、こういう話から、中国で庶民が肉食を開始したのは1600年頃からと類推されている。

虎は狸

 中華で、料理名に「虎」が冠せられ、そう扱われている食材の多くは、トラではなく「狸」という動物である。狸は日本ではタヌキとされるが、タヌキは本来、「狢」である。また、タヌキとよく混同され、共にムジナと呼ばれたりもする動物にアナグマがいるが、それは「貛」である。つまり、狸はタヌキでもアナグマでも(ムジナでも)ない。

 狸の正体は何なのか。特徴から洗い出してみよう。狸は木によく登り、枝にしがみついて尾で巻きついたりもでき、樹上を自在に動きまわる。タヌキはイヌ科としてはかなり特殊で、斜めの木ぐらいは登ることができるが、樹上棲というにはほど遠い。狸は樹上棲のため、屋根裏等に棲み着くことがある。そこは大きな樹洞と同じことだからだ。タヌキはそんなことができない。狸は字義のように里山にもよくいるので、そもそも人家付近によく出没し、棲み着きやすい。

 私もボルネオのロッジで、そこに棲んでいた狸が走り去るのを見たことがある。実物に出会う前から、臭気で「いるナ」とは思っていたが。そう、狸には独特の臭気がある。強いと悪臭だが、微かなら嫌でもない。狸は雑食である。小動物を捕らえて食べ、果実を好む。単独で暮らし、群れで大型動物を襲ったりはしない。狸は夜行性で用心深く、人前にはっきりと姿を現わすことはあまりない。狸は人間と接触がありながら謎めいているため、人を化かすとかいわれ、妖異の元となり、説話に登場する。

狸の正体

 狸は実はジャコウネコ科の動物である。麝香臭のする猫、といった意味にはなるが、ネコとは全く別である。こういう惑わされやすい和名は困ったものだ。リーとかネコモドキとでも命名しておけば誤解は生じ難い筈だ。

 狸がタヌキに化けた理由は、日本にそれが分布していなかったことにある。日中に共通に生息するタヌキやアナグマについては文字情報からでも正体を明らかにし、漢字を当てはめるのが容易だったろう。しかし、いないのだから狸が日本でいう何なのかはわかりようがない。いくつかの特徴があてはまるタヌキにこの字を使用したのもむべなるかな。その過程で、輸入物の情報が誤ってタヌキに付与されることもあったろう。人家に入り込み、婆汁を人に食わせ、ばれて狸汁にされる、といった説話の本来は、タヌキではなくジャコウネコであったことだろう。化け猫の説話にも影を落としたようだ。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。