千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2007年12月12日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「未」を食べる~
大いなる羊は美しいが

 まず、メスは実子以外のものが乳房を吸っても乳腺を開かない。実子以外に乳を出させるには技術の開発が必要である。実子を近づけ、乳房をふくませ、乳腺が開いたところで、搾乳を開始するのだ。このおとり法は現在でもアフリカなどで採用されている。この方法は、人間が飲むために、その意図で思いつかれたのだろうか。まずは、否、である。異種の乳は臭く、はじめて飲む者には不味い。これは生物学的必然でもある。また、後述の理由もある。

 最初は、母親の授乳拒否を解消し、実子以外の孤児に哺乳させるためだったのだ。家畜化され、日帰り放牧がされるようになって、母子間の関係がうまくいかなくなり、牧者がこれを補ってやらねばならなくなった。現在でも遊牧民はこういう搾乳を行なっている。幼獣に与えるために容器にいれられていたミルクが乳酸発酵したものを、たまたま飲んだのが、人間による畜乳利用の開始と考えられる。

 乳の利用は、殺さずに動物性蛋白質を入手できるすぐれた方法だから、家畜を利用する範囲には、即座に全世界に拡がると思えるかもしれないが、実際にはそうではない。

万里の長城はミルクの壁

 現代の中国で羊の数は豚に次ぐ(1986年には1億6622万頭で、豚の約半数)。それくらい重要な家畜になってはいるが、多く飼われているのは、高原・砂漠等、農耕に不適な土地の多い地方で、新彊・内蒙古・西蔵・青海の4省で全体の60%を占める。万里の長城の内側でも飼われてはおり、刷羊肉(ヒツジのシャブシャブ。シュワンヤンロウ)なんぞはこれぞ北京料理とさえいわれるほどで、羊肉は消費される。

 ところが、乳しぼりの文化は牛のそれも含めて、万里の長城の内側にはないのである。北方からの騎馬軍団が農耕地帯に侵入するのを防ぐために作られたのが万里の長城だから、それが牧畜の世界と非牧畜の世界の境界になっているのは当然だろうが、乳のほうがはっきりしている(華北で乳はしぼられていない)のは何故だろう。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。