千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2007年10月17日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「午」を食べる~
ウマい地 マズい地

 一方、イギリスの島嶼を中心として暮らしていたケルト人は、強力なヨーロッパ先住民族であり、最大の反キリスト勢力だった。ケルト人は、馬肉に霊的な力すら認めていた。

 ケルト人と対立していたキリスト教徒たちは、キリスト教布教のため、ことさら強く「馬肉食の禁止」を進めた。立場は逆だが、馬肉食を「踏み絵」にしたのである。馬を食べたものは「魔女」とされ、残酷な刑罰に処せられた。

 中世を通じて、特にイギリスでは、馬は貴重な家畜だった。もともと頭数が少なく、農法を支える馬をしばしば食べられては、領主にとってはたまらない。また、中世を通じて、イスラム教徒やユーラシア騎馬民族と対抗するために、馬は重要な兵器でもあった。さらには、馬の所有は王侯・貴族の義務であり、特権でもあったのである。

 このようにして、イギリスでは馬の象徴化が発達し、「食べてはいけないもの」になっていったのだろう。

 さらには、大喰らいを喩えるのに「牛飲馬食」という言葉がある。人並み外れて食べることを意味しており、その語源は「馬ガ食べる」ことからきている。英語では「大喰い」のことをeat a horse(馬ヲ食べる)と表現することがあり、彼らが食用にするものではないと考えている「馬」を引用している点にもイギリス人独特の皮肉が込められていよう。

馬肉を「桜」と雅称する日本人

 現代の日本で、馬肉は一般的な食品ではない。たまに飲み屋のメニューで馬刺しに出会うぐらいだろう。タテガミなんぞは結構な美味だが、そもそも馬は食べないという人がいる。「競馬や乗馬の愛好家だから」というアングロサクソンに影響されたような場合もあるが、「食べたことがないから」という理由がほとんどではないかと思う。

 私の研究所は東京の下町にあり、古くから桜鍋が名物の地なので、馬肉に親しんでいる地元の人が多いが、日本全体としては例外的なほうである。特に若い馬の肉は、薄いピンク色をしているために「桜」と雅称される。濃い赤の猪肉は「牡丹」、鹿肉は「紅葉」である。花札でも親しんでいれば、これらは基礎教養になるが、世の中があまりに「上品」になってしまうのも考えものだ。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。