暴力の民営化

サミ・マッキ(Sami Makki)
平和・戦略学際研究センター研究員、パリ

訳・ジャヤラット好子

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 フセイン政権崩壊から数カ月後のイラクで、民間の治安関係者が2万人近くを数えるようになっていた。この現象の背景は、米軍に秩序を維持する力がなく、その一方で、イラクに入った国際機関や米国企業が治安要員への需要を高めたという状況である。このような治安状態の悪化とともに、欧米の民間軍事会社(PMC)が次々と進出した。公式には米英を中心に25社余りあるとされ、「イラクで活動中の警備会社」と題された米国務省の2004年5月付の文書にリストアップされているが、それらは闇の世界のうち表のビジネスの世界に現れた一端でしかない。

 冷戦末期から、米軍内ではアウトソーシング(外部委託)が急速に発展した。そこには軍事産業のグローバル化、軍の規模の縮小、国防予算の「合理化」要求が働いている。アウトソーシングは下請けの先進スタイルとみなされる。そこでは巨額の資金が動き、国家と民間産業の間でリスクが分担される。「新公共経営」と呼ばれる手法の応用であり、自由主義的な民営化路線に沿ったものというのが、その第一の特徴である(1)

 この新たな官民連携は、予算上の制約に対処することで、浮いた資金によって軍の近代化と新兵器システムの開発や購入を可能にするとみなされている。2002年の国防総省の発表によれば、アウトソーシングによるコスト削減は、1997年から2005年の間で110億ドル以上になるという。これはむしろ口先効果を狙った発表だといえる。民間部門の利用によって連邦職員の数が削減されるせいで国防組織や国防経済に及ぼされる変化からは、国民の注意を逸らしておくということだ。

 2002年10月、米軍が第三次民営化の一環として20万以上のポストの「アウトソーシング」を公表すると、厳しい批判が巻き起こった。多くの専門家は、そのような急激な改革が効率化に直結するとは見ていない(2)。米国政府職員連盟(AFGE)の議長を務める組合活動家のロバート・ハーネッジによれば、「(2003年初め時点で)国防総省の契約職員の数は、文官の数の4倍にのぼる」という。彼の見解によると、アウトソーシングとは「つまり雇用の削減であり、ある意味で(個人の)責任倫理の消滅である」という(3)

 国外に展開する部隊のアウトソーシングという位置付けで、1994年から2004年の間に、歴代政権と民間軍事会社の間で3000件以上の契約が結ばれ、その総額は3000億ドルを超える。契約相手は、ダインコープ、ミリタリー・プロフェッショナル・リソーシーズ(MPRI)、ケロッグ・ブラウン・アンド・ルート(KBR)などだ。彼らが参入した結果、戦地で米軍部隊の補助にあたり、兵站や整備、工兵作業、兵器システムの技術業務に携わる民間要員が次第に増えた。1991年の第一次湾岸戦争のときは、だいたい100人の兵士に対して1人の民間要員という比率であったが、2003年には10人に対して1人となっている。イラクでは現時点で、民間要員の数が米軍部隊の20%に相当し、占領軍の中で第二の規模を占める。

 経済的な観点からすると、国防総省の国防科学委員会(DSB)は45億から60億ドルの節約になるとはじき出していたが、期待したほど支出は減っていない。会計検査院(GAO)はいくつもの契約について、実際のコストが見積もりを数百万ドル超過していることや、イラク復興市場における一部の業務に関し、多額のずさんな水増し請求があったことを指摘した(4)。チェイニー現副大統領が2000年まで会長を務めていた多国籍企業ハリバートンは、2003年に子会社のKBRなどを通じて10億ドル以上の契約を取り付けており、さらに、発注条件にからんだスキャンダルでも直接名前が挙がっている。これらの事実はブッシュ政権とハリバートンの癒着を示す証拠である(5)

外交政策に代わる展望

 アウトソーシングは「予算の合理化」と当初の政策思想を超えて、やがて戦略的な考察の対象にされた。「テロリズム」に対する低強度の、とはいえ長期的な戦争に世界中で乗り出すとともに、大規模な対決に向けた態勢も整えようとする米国は、戦略的に重要性の低い地域といえども、全面に撤退してリーダーシップを弱めるわけにはいかない。そこで、国家安全保障にとって重要度が最小レベルの任務をなくして国軍の負担を軽減するために、一部の職務を外部業者に委託するという方式が広まった。

 アウトソーシングで特に重視されるようになってきたのが、行政サイドの管理と官僚的な事務手続を排除することで、部隊展開の柔軟性と即応能力を最適化するという側面である。アウトソーシングはまた、地上部隊の派遣、「死者ゼロ」という政治目標、非合法活動の遂行に関して議会の統制を受ける外交政策に代わり、別の解決策への展望を開く。さらに、「公式」の戦略的選択と矛盾する作戦も可能にする。たとえば米国政府はボスニアで中立的な姿勢を見せ、平和実施部隊(IFOR)を通じて平和維持活動に関与しておきながら、その一方ではMPRI社が国連による禁輸措置違反の武器取引に便宜をはかり、クライナ・セルビア人共和国に対する1994年の大攻勢を準備していたクロアチア・ムスリム連合軍に軍事訓練を行なうのを黙認した(6)

 90年代を通じてヴィンネル、MPRI、キュービック、ロジコンなどの米国企業は、軍事協力プログラムという枠組みの下に40カ国以上の国軍を訓練した(7)。そこで築かれたネットワークは、中南米、アフリカ、中東に米軍規格を普及させ、臨機応変に同盟関係を組み替えるうえで、すばらしい足がかりとなっている。民間軍事会社はアフリカ大陸で、米軍の兵站部門のほか、緊急作戦を支える専門家の手配を請け負っている。その一方では、新たな市場の拡大と占有をめざす戦略も、欧州や南側諸国で展開してきた。

 要するに民間軍事会社は、今や米国の国防システムの中で、とりわけ国外への積極派兵論を支えるものとして、きわめて重要な役割を演じているのである(8)。多くの企業は何年も前から大規模なロビー活動を繰り広げて、平和構築・維持活動を遂行するうえで信頼できるパートナーとして売り込んでいる。そこには、開発援助と人道支援と軍事行動の境目が、今まで以上にあいまいになっていく危険がある。

 それに続けて米国の防衛産業は再編段階に入り、この5年間に合併や買収が相次いだ(9)。サービス分野を追い風として、「未来の戦場を支配する」IT技術の利用を提案する多国籍企業が、儲けの大きい部門に進出した。2000年、MPRIを買収したL-3コミュニケーションズのフランク・ランザ会長は、次のように説明した。「MPRIは、大きく発展しつつある企業であり、収益率も高い。部隊の訓練にかけては他社の追随を許さない競争優位があり、その業務内容は我が社の商品群を補ってくれる。(・・・)MPRIは国際事業にも非常に積極的であり、政情の変化によって需要の高まった業務分野も擁している。その上こういった動きは広がる傾向にあり、我が社にとっては好機到来となる(10)

 この派手な表舞台には裏がある。会計検査院の報告書は、民間軍事会社に対する統制の欠如を指摘して、政府機関が結んだ大量の外注契約を追跡できるような集中管理システムがないことを挙げている(11)。傭兵ビジネスの横行に対して、現行の国際法はまったく不適切なものでしかなく、米国の場合には軍事サービスの販売が規制されているにしても、それをかいくぐろうとする契約慣行が、とりわけ諜報活動と特殊作戦の分野に関してまかり通っているのが実状である(12)

治安機関や軍事機関の人員流出

 共和党政権には、こうした法の不備を利用することが、テロリズム対策の有効な手段と映っている。とはいえ、アウトソーシングによる政治的責任の回避は、この偽装された「傭兵化」の限界もまた突き付ける。この動きの商業主義的で自由主義的な見せかけは、深刻な事態をもたらすことになるかもしれない (13)。予備役と民間会社を最大限に動員することにより、長期にわたる介入を支えるために民間の資源をますます投入するという今の動きは、ヴェトナム戦争後に確立された職業軍人制の均衡を脅かすところまで来ている。その一方で2004年初めのイラク人捕虜に対する虐待スキャンダルには、米国の民間軍事会社CACIとタイタンの社員も関与していた。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス事務局長は、2004年4月30日付の記者会見で次のように述べている。「国防総省が、軍事任務や諜報活動に下請けを使おうというのなら、彼らが法による制約と統制に服することを保証しなければならない。(なぜならば、これらの事業者に)法の不備を利用した行動を認めるというのは、やりすぎを奨励しているに等しいからだ」。ワシントンの国防大学が2000年に出した公式このうえない報告書も、「民営化は軍の介入よりもコストがかからないと思われるが、成果の質や人権尊重の面では問題が起きるかもしれない」と、認めている(14)

 通常アウトソーシングでは、部隊への支援業務と実戦に関わる業務は区別される。しかし9・11以降、その境界線は不明瞭なものになってしまった。イラクにおける政治的・戦略的な選択の結果、アウトソーシングと傭兵化は新たな作戦ドクトリンと融合し、民間要員が戦闘への関与を重ねるようになった。

 イラク政権崩壊後、重要地点の治安確保は、民間会社の現実的な統制手段を欠いたまま、こうした企業に性急に委託された。2003年9月、米国政府は、何度も攻撃を受けているキルクーク=ジェイハン間のパイプライン周辺を警備するため、エリニス・イラク社が数千人のイラク人要員を訓練することになると発表した。その際に管理ポストに就いて採用者の教育にあたるために、南アフリカ警察の元特殊部隊員が多数イラクに入っている。こうした動きのツケというべきか、欧米諸国の治安機関や軍事機関は重大な影響をこうむることになった。時には10倍にものぼる報酬に魅せられて、特殊部隊の人員が民間部門へと流れてしまったのだ(15)。長期的に見ると、高度な訓練を受けた人材が流出すれば、(精密兵器システムの整備、パイロットの養成などの)ノウハウを失い、あとは民間に委ねてしまうということになりかねない。

 指揮・統制系統が一元化されていないことや、民間軍事要員の採用手続が標準化されてないことが、多くの将校によって懸念されるようになっている。「民間兵士」が人質になり、殺害されるケースも増加しており、軍には彼ら「民間人」を守るだけの力がない。2004年3月末、ファルージャで米国人4人が群衆によって焼き殺され、死体が吊るされた事件が激しい戦闘の引き金となったが、この4人はブラックウォーター・セキュリティの社員であった。

 旧イラク兵の武装解除、復員および(形式上の)社会復帰をめざす計画は、へたに構想され、実にまずいやり方で実施されたせいで「治安の空白」を生み出した。にもかかわらず、2003年6月末、国防総省は、新生イラク軍の中核部隊の創設と訓練を目的として、ヴィンネル社と4800万ドル相当の委託契約に調印したことを公表した。このプログラムには、MPRI社など他社も下請けとして参加していた。イラク警察部隊の訓練についても、2003年4月に国務省から、ダインコープ・エアロスペース・オペレーションズ社に委託されている。

均衡の崩壊

 民兵集団が各地に広がり、米国が言うところの反乱が激化するにつれ、イラクは暴力の悪循環へと陥っていった。民間の治安要員が関わることで、逆に治安はますます悪くなり、1日で1000ドルもの報酬を手にできるほどの高給市場が形成された。欧米の民間派遣会社が交わした警備契約の下で、数千人の元軍人が働いている。たとえばクロール社、コントロール・リスクス社は、それぞれ米国の国際開発局(USAID)の職員、英国の外交官や協力関係者の警護にあたっている。

 イラクの危機は、これらの民間企業が紛争中と紛争後の重要な段階を通じて現場にいて、米国による軍事力の行使に不可欠な役割を果たしていることを示している。この国に、欧米の傭兵ビジネスが広がっているのは、新たな形の介入を試してみたいという意図的な政策の結果である。しかし、この政治的な選択には、現在のように大変な事態になることは織り込まれていなかった。その点は、2004年5月にイージス・ディフェンス・サービス社(英国人のティム・スパイサー大佐が率いる2003年設立の民間軍事会社)に対し、2億9300万ドルの契約が発注されたことにも見て取れる。契約の内容は、同社が50社以上の陣頭指揮をとり、復興に従事する企業にボディガードを提供するというものである。

 とはいえ、多くの米英の外交官は、民営化を憂慮すべきこととはとらえていないように見える。それどころか、2004年5月にパリで行なわれた会議で、ある同盟国の文民高官は匿名を条件として、民間軍事会社の増大は「健全な状況」であり、イラクで最終的に成功すれば他でも増えていくだろうと言明した。つまり、平和構築・維持活動の民営化は段階的に、軍務のアウトソーシングの「限界を絶えず押し広げながら」進められているのである。

 ポール・ブレマーはイラク文民行政官に在職中、民間会社による治安維持については新生イラクの法制に含めないという決定を下し、イラク人による統制の道を封じた。民生企業や軍事企業の参入の拡大が、米国にとっては戦略的な国益に貢献している(連邦政府と多数の契約を交わした民間軍事会社は政権への忠誠を誓わざるをえない)としても、最近の状況を見れば、それが混沌を招き、紛争を恒久化させていることがよく分かる。

 実際には、この暴力の民営化は、イラクの将来の主権を脅かすものとなっている。そこには、米国の経済的な目標が現地の政治的な現実とは両立しえないことが浮き彫りにされている。専門知識の集中化の進行や、IT技術から生まれたデジタル兵器システムの軍民両用性といったことを背景に、民間軍事会社はコンサルティングの分野でも実戦の分野でも、「出来合い」の解決策を提示してみせるにすぎない。それは、紛争を過度に技術的な視点から解読してみせるばかりであって、政治的な視点からの解読を妨げてしまう。

 民間軍事会社は、これまで保たれてきた文官と軍部の均衡や、政治的な均衡を崩している。それは危機から脱したばかりの社会だけでなく、欧米諸国でも同様である。この雑種的な主体は(文官と軍部、官と民という)これまでの区別を不明瞭にしながら、多くの場合、汚職と犯罪を助長するような非公式ネットワークのかたちで活動する。米国のグローバル介入戦略システムは、彼らを中心的な役割に据えて構築されているために、不安定さらには混沌を生み出している。このシステムは世界中、少なくとも南半球の「不安定」ゾーンにおける米国の単独行動をずる賢く正当化する。そうした場所ではCIA、特殊部隊そして民間軍事会社が、低強度戦争を遂行しているのだ。

 傭兵ビジネスとは、新型の紛争が現れて、国際舞台において国家が弱体化したことの帰結である。政府による政策の産物ではあるが、グローバリゼーションの境界地帯でこれから増大する紛争の前兆でもある。この暴力の民営化は、そこで決定的な役割を演じるだろう。同盟国の指導者たちにとって、現在のイラクの体験は端的に言って、アウトソーシングの体系的な利用に踏み切る前に、この方式の成果を試す好機となったに違いない。

(1) Frank Camm, Expanding Private Production to Defense Services, Rand Report MR734, Santa Monica, 1996.
(2) John Deal and James Ward, << Second thoughts on outsourcing for the Army >>, Army Magazine, Association of United States Army, Arlington (Virginia), May 2001, p.54 ; and Michael O'Hanlon, << Breaking the Army >>, The Washington Post, 3 July 2003.
(3) Quoted by Maya Kulycky, << How far can a war be outsourced ? >>, MSNBC News (MSNBC.com), 14 January 2003. URL : http://www.msnbc.msn.com/id/3072959/
(4) US GAO, Contingency Operations : Army Should Do More to Control Contract Cost in the Balkans, NSDIAD-00-225, October 2000.
(5) Walter F. Roche Jr and Ken Silverstein, << Iraq : advocates of war now profit from Iraq's reconstruction >>, Los Angeles Times, 14 July 2004.
(6) See Sami Makki, Sarah Meek et al., Private Military Companies and the Proliferation of Arms, << Biting the Bullet Briefing 11 >>, International Alert, London, June 2001, p.10.
(7) Deborah Avant, << Privatising military training >>, Foreign Policy in Focus, vol.VII, no.6, Institute for Policy Studies, Washington DC, May 2002.
(8) See Stephen Perris and David Keithly, << Outsourcing the sinews of war : contractor logistics >>, Military Review, US Army Command and General Staff College, Fort Leavenworth (Kansas), October 2001, pp.72-83.
(9) See Murray Weidenbaum, << The Changing Structure of the US Defense Industry >>, Orbis (Foreign Policy Research Institute), Philadelphia (Pennsylvania), Fall 2003.
(10) << L-3 Com. announces acquisition of MPRI >>, Business Wire, 18 July 2000, quoted by Peter W. Singer, Corporate Warriors : the Rise of the Privatized Military Industry, Ithaca and London, Cornell University Press, 2003, p.134.
(11) US GAO, Military Operations : Contractors Provide Vital Services to Deployed Forces but Are not Adequately Addressed in DoD Plans, Report GAO-03-695, Washington DC, June 2003.
(12) See Eugene B. Smith, << The new condottieri and US policy : the privatization of conflict and its implications >>, Parameters, US Army War College Quarterly, Carlisle (Pennsylvania), Winter 2002-2003.
(13) Thomas Adams, << The new mercenaries and the privatization of conflict >>, Parameters, US Army War College Quarterly, Carlisle (Pennsylvania), Summer 1999, p.103.
(14) National Defence University, Strategic Assessment 1999, Washington DC, 2000, p.240.
(15) 『クリエ・アンテルナショナル』第710号の特集「イラク:おかしな独立」(2004年6月、49-52頁)参照。


(2004年11月号)

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