中国の胡錦濤国家主席が昨日、帰国しましたね。私は別にたいした仕事はしていないのですが、やはり外務省担当記者としてはいろいろと忙しく、また、神経が疲れるここ数日ではありました。では、一体何が胡氏訪日の成果だったかと振り返ると、多くの人が最初に思いつくのは、パンダ2頭の貸与でしょうか。福田首相は9日の中国中央電視台(CCTV)のインタビューに対し、次のように述べています。
「これは素直に我々は喜んでいる。メディアの一部でいろいろなことを言っている人がいるが、これはごくごく少数派である。ほとんどの方はかわいいパンダを見たいと思っている人がたくさんいるわけなので、手放しで喜んでいる」
…手放しで喜ぶほどの話かという疑問は残りますが、パンダ貸与に関しては、政府高官も「レンタル料は1億円もするらしいが、これで政権が浮揚できるなら安いものだ」と漏らしています。いや、パンダで政権浮揚って、そりゃ無理でしょうと突っ込みたくなりますが、確かにテレビその他の注目を集め、話題となったのは事実ですね。外務省での日常的な記者会見や記者と幹部の懇談の場でも、パンダの件は随分と話題になりました。特に映像メディアの関心は高かったようです。私個人は、ほとんど何の関心も湧かないのですが。
さて、今回の胡氏来日では、昭和47年の日中共同声明、53年の日中平和友好条約、平成10年の日中共同宣言に続く「第4の政治文書」という重要な位置付けの「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」がまとめられ、福田氏と胡氏が署名しました。これに対しては、イザの利用者のみなさんの評価はあまり高くないようですし、実際、チベットやギョーザ中毒事件などへの具体的な言及はないわけですが、私はそれなりに意味があったと思っているのです。
今朝の産経は3面で、この日中共同声明について特集し、元外務省中東アフリカ局参事官(元中国公使)の宮家邦彦氏の寄稿「消えた村山談話・反省」を掲載しています(もしよろしければご参照ください)。実は私も、それに合わせて何か署名記事を書けと指示を受けたので、下記のような原稿を出稿したのですが、見事にボツになりました(涙)。昨日は、土曜日であるにもかかわらずもう一本、原稿を書かされたのですが、それも他の記者の原稿との関係でボツになりました。この仕事にはつきもののことですが、「ついてないぜと苦笑い~」と口ずさみたくなります。
《日中間でこれまでに取り交わされた合意文書をめぐっては、双方の国益と主張がぶつかり合い、激しい議論の応酬と駆け引きが繰り返されてきた。そうした中でつくられた今回の日中共同声明は、比較的に日本側の意向が反映されたものだと評価できる。ただ、それは福田康夫首相の成果というよりも、安倍政権の「遺産」という側面が大きい。
「安倍内閣時代の一昨年10月と昨年4月の日中共同プレス発表で表明した立場を確認し、塗り固めた」
外務省筋もこう文書の性格を解説する。共同プレス発表で示された日中関係の道筋を、中国の胡錦濤国家主席来日のタイミングでより拘束力の強い政治文書に格上げしたというわけだ。 そもそも、共同声明の題名に盛り込まれた「戦略的互恵関係」という言葉自体が、目指すべき両国関係のキーワードとして「互恵関係」を考えていた安倍晋三前首相と、それに「戦略的」と冠した外務省の合作だ。福田首相は就任当初、「安倍氏の政策イメージが残るこの言葉を使用することに抵抗を示した」(政府筋)というほどだ。
今回の共同声明では、歴史認識問題はあまり触れられず、日本の戦後の歩みが評価されるなど、過去の政治文書から進展があったが、これらもほぼ、安倍内閣での共同プレス発表での表現を踏襲している。
また、中国が最も重視する台湾問題をめぐっても、共同プレス発表の表現を引き継ぎ、中国側が求めてきた「台湾独立を支持しない」との一文は盛り込まれなかった。
昨年4月の温家宝首相来日時の日中交渉ではこの点が最後までもつれ、「安倍氏と温首相の会談終了の1分前まで事務方の協議は決着がつかなかった」(日中外交筋)。このときは安倍氏と麻生太郎外相(当時)が「中国側がどうしても独立不支持を入れろというならば、プレス発表はまとめなくていい」と指示していたことから日本側は最後まで突っぱね、中国側の譲歩を引き出した。その前例から、中国側も今回は無理強いはしなかったようだ。
今回の共同声明で注目すべきなのは、日本の国連安保理常任理事国入りを視野に入れた「日本の国際連合における地位と役割を重視」との文言が入ったことだろう。外務省筋は「少なくとも、中国が今後はこれに反するような行動をとらないと期待できる」と指摘している。(阿比留瑠比)》
…まあ、たいした記事ではないのですが、安倍氏と犬猿の仲とされる福田氏にとっては皮肉な話だったろうと思い、指摘しておきたいと考えた次第です。安倍内閣時代の共同プレス発表を一つ格上の政治文書にしてより拘束力を高めたという点では、これは福田内閣の成果と言えるとも思うのです(もちろん「手放し」で喜んだり、評価したり気はありませんが)。もともと今回の胡氏来日時に政治文書をまとめたがって要請していたのは中国側ですし。
外務省側は当初、日中関係のあり方については、「安倍内閣時代の2度の共同プレス発表で言い尽くしている」として、あまり政治文書作成に乗り気ではありませんでした。外務省幹部も「いいものになるならつくってもいいが、たいした内容にならないなら必要ない」というスタンスでしたが、これは共同プレス発表よりも日本側にとって内容が後退することを懸念した部分もあったのだろうと思います。そういう中で、政治文書作成に前向きだったのは福田氏本人だったと聞きます。福田氏としては、自分の名前を日中の歴史に刻むチャンスととらえていたのかもしれません。分かりませんが。
私はというと、「台湾」と「歴史」に関して、安倍内閣時の日中共同プレス発表時より中国に押し込まれることがないだろうかという点が気になっていました。しかし、これは事務方がよく頑張ったということでしょう、私の杞憂に終わり、この部分の表現はほとんどそのまま共同プレス発表を踏襲したものになりました。つまり、過去への反省や謝罪はことさら盛り込まれず、また台湾に対する日本の立場も従来の通りでした。上記のボツ記事にも書いた通り、台湾問題は中国側の最大の関心事の一つですから、きっと水面下の交渉では激しいやりとり、駆け引きがあったのでしょうが、共同プレス発表が前例となり、中国側もそれ以上押し込めなかったのではないでしょうか。
また、平成10年の日中共同宣言にあった「村山談話を遵守」という文言が共同プレス発表同様に消えたのも、よかったと思います。安倍氏が首相時代、「新しい談話をつくるまでは引き継がざるを得ない」として村山談話の踏襲を言い、多くの保守派の失望をかったのも、この共同宣言に縛られてのことでしたから(ちなみに、安倍氏は首相をもっと続けていたら、村山談話も河野談話も、新談話を出すか加筆修正する形で無力化する意向でした)。まあ、今回の日中共同声明にも、今までの3つの政治文書の基本原則を引き続き遵守という言葉は入っていますが、直接村山談話に言及していない分、少しは前進だと考えます。
こうした諸問題に関しては、いくら外交当局、事務方が踏ん張っても、トップである福田氏から「いいからここは中国に譲ってやれ」と指示をおりてきた場合はどうしようもありませんから、私も「福田氏にしてはよかった」という意味で評価したいと思います。今回の共同声明の成果について、みんな当たり前のことなんだから「ゼロ」だという見方もできますが、スタート地点がマイナスだった今までの経緯を考えれば、ゼロ地点にまで到達しただけでもマシだとも言えます。ただ、そのお膳立てというか、下準備はほとんど安倍内閣のときにすでに勝ち取っていた「遺産」であり、福田氏はその上にのっかっただけであることを、強調したいと思います。逆に言えば、その域を出ていないという指摘もできますね。
外交は、よくも悪くも継続していますので、負の遺産を相続するときも多いですが。福田内閣は後の内閣と国民に、一体なにを残すでしょうか。いらない負担と宿題ばかり、ということはないようにお願いしたいものです。
by tkskyk
民主党・外国人参政権賛成派議…