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社説:ハンセン病 「最後の一人まで」法で守れ

 ハンセン病への差別、偏見の一掃策の推進や、ハンセン病療養所の入所者らの生活や医療の保障などを求める「ハンセン病問題基本法案」が、超党派の議員によって今国会に提出される見通しだ。

 ハンセン病については、96年にらい予防法が廃止され、01年には熊本地裁が強制隔離政策を違憲とし、国に賠償を命じた。当時の小泉純一郎首相は国の責任を認め、控訴せずに入所者らの全面救済を約束した。

 しかし、最近は約束違反と映る動きが目立つ。たとえば、全国13の国立療養所では人員削減が進み、医療の質の低下が問題化している。静岡県の療養所では、内科医の不在が約1年間も続いた。元患者や家族らへの偏見、差別をなくす啓発の一環としてリニューアルされた東京都東村山市の国立ハンセン病資料館では、国の加害責任を明確にする展示資料が消えた。

 こうした状況に、入所者らが不安を募らせるのは無理もない。それでなくても高齢化が進み、一時は1万人を超した全国の入所者数は約2700人に減った。平均年齢は満80歳に達し、入所者の98%が何らかの合併症を患っている。広い療養所には空き部屋が増え、活発だった自治会の活動もままならなくなった。

 入所者のほとんどが知覚まひ、運動まひなどの後遺症を抱え、介助者なしでは日々の生活ができない人も少なくない。同年齢の高齢者より平均2・5倍も介助の時間を要する、という厚生労働省の調査結果もある。療養所でのずさんな治療と、患者労働の名で肉体労働を強いたことが後遺症などの症状を悪化させた経緯も忘れてはならない。

 改めて指摘するまでもなく、国を挙げての強制隔離政策は、人権じゅうりんの限りを極めた。療養所に何十年も入所者を閉じ込め、隔離が不要と分かって諸外国が開放治療に移行したり、特効薬が開発されて完治した後も収容し続けた。堕胎や断種も強制した。

 過ちの数々は取り返しがつかないが、国としてはせめてもの償いとして、入所者らが安心して余生を過ごせるように支援する責任がある。無理やり収容して労苦を課した経緯や後遺症の実態を踏まえれば、他の高齢者施設より手厚い介護、看護が求められて当然だ。入所者数が減っても、入所者の意に沿わぬ合理化を進めてはならない。

 熊本地裁の判決後、当時の小泉政権は「最後の一人までお世話する」と約束した。「基本法案」は、口約束を法律で明文化するように求めているに等しい。年金問題などで政府による「最後の一人まで」という約束が怪しくなっている折、もっともな要求だろう。強制隔離政策の過ちを二度と繰り返させぬためにも、明確な立法によって入所者らを安心させるべきだ。

毎日新聞 2008年5月20日 東京朝刊

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