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2008年05月20日(火曜日)付

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年金改革試算―福祉の全体像を見たい

 老後の基礎年金は今のような保険料と税金の組み合わせがいいのか、すべて税金で賄うのがいいのか。判断材料になる試算が、政府の社会保障国民会議の分科会で示された。

 すべての人へ税金で同額の年金を支給すると、消費税なら税率はどうなるか。保険料を納めてきた人の年金を増やしたらどうか。税方式をこれら四つに分けて必要な財源を計算した。

 さらに目を引くのは、個々の家計からみて保険料負担が減る分と増税分の損得を試算している点だ。何十兆円の財源論ではぴんと来ないが、これなら具体的にイメージしやすい。

 消費税が09年度で4.5〜13%上乗せされ、サラリーマン家庭はどの所得層でも負担増になる。これが要点だ。

 税方式にして国民年金の無年金・低年金の人へもすぐ満額の年金を支給すると、支給総額が増えて税率が高くなる。保険料を消費税に置き換えると、企業の保険料負担がなくなる分が家計の負担増になる。こうした税方式の課題を試算の数字は示している。

 これらの課題をどう扱うか。保険方式を続けるなら、どう改革するのか。これをきっかけに、そうした政策論議が高まるよう期待したい。

 ただし、制度の設計や前提の置き方によって試算の結果は大きく違ってくる。試算の断片的な損得勘定にとらわれて、あるべき年金制度を議論する視点を見失うべきではない。

 さらに大切なのは、年金だけを議論するのではなく、社会保障の制度全体のなかで考えていくことである。

 高齢化が進むと年金だけでなく、医療・介護の費用が急増していく。その費用を国民がどのように負担し、どの分野へ優先して振り分けていくか。そうした将来像や選択肢を示すことこそ国民会議の本来の役割だ。

 その点の議論はまさにこれからだ。医療・介護のサービスや給付は充実させて、そのために必要な負担もいとわないという立場をとるのか、社会保障費の伸びを抑えるために給付を抑えることに重点を置くのか。肝心な点の方向性がまだ分からない。

 「医療や介護にこそ優先的に税金を投入すべきだ」と2月に社説で提言したが、そうした点についてもさらに議論を深め、福祉の将来像や、給付と負担の姿を示してもらいたい。

 それにしても、今回のような仮定に仮定を重ねた試算を政府が示すのは異例だ。税方式の導入論を冷ましたい役所の思惑もあってのことだろう。

 こうした情報は、役所に都合のよいときに出せばいいものではない。問題になっている後期高齢者医療制度も、もっと暮らしにひきつけた議論をしていたら、状況は違ったはずだ。今後は必要な数字や資料をすべて出していくよう、肝に銘じなければならない。

終身刑導入―超党派の提案を生かそう

 日本では、死刑の次に重い刑が無期懲役だ。無期といっても、必ずしも一生刑務所に入っているわけではない。

 服役して10年がすぎた時点で、更生が期待できると認められれば仮釈放の道が開ける。このところ、毎年数人から十数人の無期懲役の受刑者が出所している。自らの命をもって償う死刑との差は大きい。

 この落差を埋めるため、死刑と無期懲役の中間に、仮釈放を原則認めない終身刑を導入できないか。こう考えた自民、民主、公明、共産、社民、国民新の6党の幹部議員ら55人が出席して、「量刑制度を考える超党派の会」を発足させた。次の国会への法案提出をめざすという。

 この動きが注目されるのは、死刑廃止派と存置派の双方が集まったことだ。きっかけは、来年5月に始まる裁判員制度である。

 無期懲役では軽すぎるが、さりとて、死刑にするにはためらいがある。裁判員となる市民がそうした悩みに直面したときに、選択肢を増やしたい。廃止派のこんな働きかけに、存置派が応じた。

 廃止派には、廃止の旗印をいったん降ろしても、死刑判決が増えるのを防ぎたいとの狙いがある。一方、存置派にしてみれば、無期懲役よりも厳しい罰を新たに設けることができる。双方は死刑存廃の議論を棚上げし、終身刑をつくる方向で一致したのだ。

 死刑か無期懲役か。これまでも裁判官は選択に悩んできた。山口県光市の母子殺害事件のように、下級審と上級審の判断が分かれるのはその表れだ。結論は無期懲役としたものの、「仮釈放は慎重に」と付け加えた判決も目立つ。終身刑制度があれば、終身刑を選んだ判決はかなりあっただろう。

 裁判に素人の市民は、プロの裁判官以上に悩むに違いない。裁判員制度を始めるのを機に、終身刑を導入し、量刑の選択肢を増やすのは、現実的な道ではあるまいか。

 もっとも、仮釈放の道を完全に断つのでは、死刑よりも残酷な刑になるという見方がある。希望を失った受刑者を自暴自棄にさせ、更生の可能性をつぶしてしまう恐れもある。

 超党派の会は、一定の要件を満たせば仮釈放の余地を認めることも考えるという。その際は、刑務所など現場の声はもちろん、国民の意見を広く聞く工夫をしてほしい。

 死刑制度をめぐっては、世論調査をすれば存続を求める人が圧倒的に多いが、世界の流れに沿って廃止を主張する声も根強い。

 今回の超党派の会は、同床異夢ではあるが、そうした長年の対立の構図に一石を投じた意味は大きい。終身刑を導入したうえで、死刑が必要かどうかをめぐる論議にもつなげたい。

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