患者・遺族の救済を図るためにせっかくできた新法も、これほど不備があっては十分な効果は望めないと思わざるを得ない。アスベスト(石綿)による被害者らを対象にした石綿健康被害救済法のことである。
同法が施行されたのは06年3月。その前年、機械メーカー「クボタ」の旧工場の従業員や周辺住民に中皮腫や肺がんなどの石綿被害が広がっていたことが社会問題になり、政府が緊急に法案をまとめた。中身には問題点も少なくなかったが、そのまま国会を通ってしまった。
法施行から5年以内に政府は必要な見直しを行うとの規定もあるが、被害者支援団体からの要望を受け、民主党と与党がそれぞれ改正案を今国会に提出した。近く与野党の修正協議が行われる見通しだ。政府の見直しを待たず、議員立法で不備を正そうという動きは評価できる。より望ましい被害救済に向け、速やかに法改正をしてもらいたい。
では、現行法のどこに問題があるのか。
まず、救済対象者があまりにも限定されている点だ。同法の対象者は、労災補償をもともと受けられない石綿関連工場の周辺住民らと、法施行前に労災請求期間の時効(死後5年)を過ぎた労働者の遺族らだ。
周辺住民の場合、法施行前に死亡した人の遺族には弔慰金と葬祭料、生存患者本人には医療費や療養手当が支給されるが、生存中に申請をせずに施行後死亡した人の遺族は対象外だ。中皮腫は20~60年の潜伏期間があり、発症時には原因が思い当たらず申請しないケースも多いはずだ。これでは遺族は救われない。各改正案が遺族を幅広く救済しようというのは当然だ。
施行後に労災の時効を迎えた遺族も現行法では救済されない。この点は与党案が救済期限を改正法施行日前まで延長するだけなのに対し、民主党案は死後10年まで遺族の請求を認める。与党案では問題の先延ばしに過ぎないとの見方もある。十分協議してほしい。
さらに、救済を受けようとする遺族の請求期間そのものも現行法は施行から3年間と短い。期限切れが来年3月に迫るのに、これまでの請求件数が想定よりずっと少なく、準備された救済基金も余っている。救済法についての政府の説明不足がその原因だろう。両改正案とも期間延長では一致しており、できるだけ大幅な延長が必要だ。
これらの改正も「応急措置」にとどまることは否定できない。そもそも周辺住民遺族への支給額は計約300万円にすぎず、同じ被害者でも遺族年金などが毎年支給される労災認定遺族との落差が大きい点など、抜本的に見直すべき課題はまだ残る。
危険な石綿の使用を国が長年放置してきた責任の重さを考えれば、政府はもっと手厚い被害救済の実現を積極的に図るべきだ。
毎日新聞 2008年5月19日 東京朝刊