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2008年05月19日(月曜日)付

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受刑者の出所―知的障害者の復帰に手を

 毎年、刑務所に入ってくる受刑者の2割、約7千人には何らかの知的障害があるという。法務省の統計にある。

 また厚生労働省の研究班が昨年公表したサンプル調査では、知的障害の疑いがある受刑者410人の約7割は再犯で入所していた。犯行の動機も「生活苦」が4割で最も多かった。

 典型例がある。2年前に山口県のJR下関駅舎が焼け落ちた放火事件だ。

 犯人の76歳の男性は3月末に懲役10年の判決を受けた。軽い知的障害がある。20代の初めから放火をしては刑務所暮らしを繰り返してきた。今度の事件も、福岡刑務所を出所してからわずか8日後のことだった。

 出所はしたが、服役中の労役などでためた20万円は使い果たした。身寄りもない。寒さをしのいでいた駅からは追い出された。ライターで火をつけた紙を段ボール箱に投げ入れ、駅舎を焼失させた。男性は判決の後、「これで心配がなくなった」と話したという。

 刑務所しか居場所がないのは本人にとって不幸に決まっている。もしそのために犯罪を繰り返されては、私たち社会全体の安全も損なわれる。

 再び罪を犯してしまう知的障害者を減らすには、出所後の生活を最低限支えるセーフティーネットが必要だ。

 実際は出所してもなかなか福祉サービスを受けにくい。それは放っておけない。きちんとサービスを受け、生活できるようにしなければなるまい。

 それには、受刑者を送り出す刑務所と、受け入れる地元の福祉事務所とが手を携える必要がある。

 知的障害者が出所して福祉サービスを受けるには、療育手帳がなければならない。そこでまず手がけてほしいのは、知的障害のある受刑者に手帳を取得させることだ。

 現状はお寒い。さきのサンプル調査で対象410人のうち、手帳を持っているのは26人にすぎなかった。

 手帳を得るには、障害者側が申請しなければならない。「18歳までに障害が発生した証拠」も求められる。これが大きな壁になってきた。

 ここは法務省と厚労省が調整し、刑務所などが代理人となって申請できるようにしてはどうか。障害の証拠も医師の診断を判定材料とすればいい。

 刑務所と福祉事務所は、出所者をどこの施設で受け入れるかもあらかじめ話し合ってもらいたい。

 民間の経験や知恵を生かすことも大事だ。長崎県の社会福祉法人「南高愛隣会」はこの春、東京都内に事務所を設けた。周辺の刑務所から知的障害のある受刑者の出所時期といった情報を知らせてもらい、療育手帳の取得や福祉施設探しを手がけている。

 知的障害者が出所後に再び罪を犯さなくても済むようにしたい。法務、厚労両省の連携が急がれる。

金融規制緩和―銀行の変革力が問われる

 銀行を取り巻く規制を抜本的に見直し、手がけられる業務も思い切って増やす。そうすれば、欧米勢にくらべて大きく見劣りする国際競争力の強化につながるだろう――。

 国会で審議が進む金融商品取引法の改正案の狙いを読み解くと、こんなことになる。

 改正案の第1の柱は、戦後一貫して設けてきた銀行・証券間の業務の「垣根」を大幅に引き下げることだ。

 親銀行と関連の証券会社との間では、役員の兼任や顧客情報のやり取りが禁じられてきた。銀行が取引先に証券子会社の商品を押し売りするのを避ける。証券子会社が取引先に社債を発行させ、取引先が調達した資金で銀行の融資を返済させるのを防ぐ。そうしたことが目的だ。

 欧米諸国では銀行と証券が一体になって営業したり、業務を密接に連携させたりするのが当たり前になった。日本もそんな業務展開を可能にして、競争条件をそろえようというわけだ。

 代わりに、そうした不正な営業手法を防ぐ仕組みを銀行が自らきちんと整えて公表する。当局や外部のチェックを受けながら改善する。そういう方法へ規制の考え方を改める。

 第2の柱が銀行業務の多様化だ。今は、ある企業の株式を銀行単体で5%まで、銀行グループでも15%までしか持たせない規制がある。M&A(企業の合併・買収)の仲介など投資銀行業務の制約になっている。この規制を緩め、地域経済に貢献する企業の再生などに限定して自由度をひろげる。

 また、利子を認めないイスラム金融に対応できるよう、銀行が設備を買って取引先へ貸し、手数料を取る業務を認める。温室効果ガスの排出量取引もできるようにする。

 日本の金融業界は、10年前の金融危機をきっかけに再編され、3メガバンクなど6グループを頂点とする形になった。だが、業務の中心は依然として預金と融資である。収益性の高い投資銀行など証券関連業務は脇役のままだ。ここを変革しないことには、国際競争力をつけることはできない。

 銀行はこれを機会に、規制に縛られる中で染みついた企業風土を根本から変革すべきだ。競争力をつけ、日本の経済発展と生活の安定に再び貢献できるよう脱皮する必要がある。

 ただ一方では、サブプライム問題を機に、欧米がこれまで進めてきた金融自由化や最新の金融技術について、金融システムを不安定にさせている面もあるのではないか、と反省する動きもでてきている。

 日本の銀行は、欧米の後を一周遅れで単純に追いかけるのでは能がない。反省を生かしながら一歩先を行く事業体制を築けるかどうか。まさに銀行の実力が問われることになる。

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