現在位置:asahi.com>北京五輪への道>コラム> 奔流中国21 > 記事

奔流中国21

増殖する赤いカネ 株神、13万円を160億円超に

2007年08月06日

 問い「五輪関連株は上がりすぎか」

写真商業地区では新しい高層ビルが次々と姿を見せ、建築ラッシュが続いている=北京市内で、中田徹撮影
写真中国の株式投資について語る林園氏=北京で、小宮路勝撮影
図※クリックすると、拡大します

 回答「まだ上がる」

 問い「五輪後の市場は」

 回答「経済発展は安定して、上昇相場が続く」

 経済サイト「全景網」が先月実施したネット調査。4割の回答者が強気の見方を示した。北京五輪招致に成功した01年以降、中国の株式市場では建設、交通、旅行、広告、電力など「五輪銘柄」が注目を集めてきた。4.5兆円規模の五輪の公共投資は北京の成長率を毎年2%余り押し上げているとされる。

 しかし「北京五輪なんて目先の一つの材料でしかない」と言い切る男がいる。林園さん(44)。中国メディアが「民間株神(株の神様)」ともてはやす投資家だ。赤地に金文字で書かれた名刺の肩書は「深セン銭迷投資顧問会長」。北京や上海、広東省・深センの証券会社に貴賓用個室を持ち、運用する中国株の時価総額は10億元(約160億円)を超えるという。

 講演会を開けば100を超える人が集まる。彼の部屋に入り浸る王さんは林さんの指南を受け、3000万円近い損を取り戻しただけでなく、数千万円を有する資産家になったという。BMWも買った。「上を向いて歩けるようになった。今後も林さんに付いていくよ」と王さん。

 林さんの投資対象はマオタイ酒、上海空港、雲南省の有名観光地など約20銘柄。市場占有率が高く、好業績で「中国でしか手に入らないもの」を選ぶ。経済成長とともに中国ブランドの価値が上がるとみるからだ。「天安門が上場すれば真っ先に買うね。中国を代表するブランドだもの」

 林さんが親族一同の資金8000元(約13万円)を元手に株式投資を始めたのは、深センで博物館の職員をしていた89年夏。北京が天安門事件に沈むころ、南端の経済開放都市では、資本市場が産声を上げていた。

 いま、中国全土を空前の株式投資ブームが覆う。口座数は1億を超えた。「最大のリスクは中国の株に投資をしないことだよ。この時代、社会の価値基準はカネだ。良いか悪いかは別として」

 ただ、中国の個人投資には危うさがつきまとう。医療や社会保障が不十分なため「老後」まで株に託そうとする。うわさを頼りに短期の売買で利ざやを稼ごうとする。

 「上がるばかりの市場はない」。林さんの部屋がある証券会社の入り口に、A4判の張り紙があった。「老後や病気に備えたカネ、子女の教育資金、家を担保にした借金」を用いた投資を戒める言葉が、細かい文字で並んでいた。

 ●英国伝統の車工場に五星紅旗

 国内で増殖したチャイナマネーが、世界にあふれ出している。

 産業革命を担った英バーミンガムのロングブリッジに、中国の五星紅旗がはためく。100年余りの歴史を持つ名門自動車会社、MGローバーの倒産から2年。買収したのは人民解放軍の軍用車の修理工場を前身とする自動車会社、南京汽車だ。

 130億円強を投じ技術や生産設備を獲得、エンジン工場など一部は解体し中国に持ち帰った。現地では今秋、MG車の本格的な生産再開を目指す。「雇用のためならどこの国でもいい。とにかく早く再開して欲しい。ローマ、英国、米国と勃興(ぼっこう)し、そして中国。時代だね」。労働組合の代表エリック・マクドナルドさんは話す。

 中国の対英投資は06年度に52件となり、倍増の勢いだ。貿易投資総省のブライアン・ショー・ビジネス局長は「英国は欧州最大の対中投資国。双方向の交流が大切だ。中国企業は英国を欧州市場へのジャンプ台にして欲しい」と歓迎する。

 中国の外貨準備高は06年、日本を抜いて世界一となり、1兆ドルを超えた。中国政府は企業の海外進出を積極的に促し始めた。投資先も途上国から先進国へ拡大。狙いは「資源、技術、市場」(魯桐・中国社会科学院教授)だ。

 企業だけではない。貿易黒字や人民元の値上がり抑制のための「元売りドル買い」介入でためこんだ外準の活用に、中国政府は国家投資会社を設立。まずは5月末、米国の投資ファンドへ30億ドルの出資を決めた。

 ただ、国家主導の「赤いカネ」には歓迎の声ばかりではない。政治的な思惑を伴いかねないからだ。ドイツのメルケル首相は7月、「我々が急いで立ち向かわなければならない新しい現象だ」と懸念を表明した。米、仏やカナダでも警戒論が出始めている。

 (北京=吉岡桂子)

 ●続く成長、リスクも

 改革開放で市場経済にかじを切ってから30年近く。中国の経済規模は年内にもドイツを抜き、世界3位となる。10年以内に日本を、2040年代には米国を抜いて1位になると見られている。

 五輪招致と世界貿易機関(WTO)への加盟が決まった01年ごろ、中国は「世界が中国を認めた」とする喜びの声にあふれた。その後わずか6年で国内総生産(GDP)は2倍に、貿易額は4倍に膨らんだ。

 ただ、五輪そのものの経済効果は、実は専門家の間であまり重視されていない。「五輪級の開発プロジェクトが目白押し。五輪を終えても高成長が続く」(沈明高・シティバンク中国首席エコノミスト)

 もちろんリスクはいくつもある。貧富の格差の拡大、資源の浪費、環境破壊、急速に進む高齢化。そして、資本主義へ傾く経済と一党独裁を続ける政治のねじれ……。

 しかし、国際社会は好むと好まざるとにかかわらず、中国経済とのつきあい方を考えざるをえない。高成長の果実を享受することはリスクの共有とも表裏一体といえる。

PR情報

このページのトップに戻る