 |
看護師の訪問看護を受ける妻の世話をする上野喬さん(奥)。仕事を辞めてからは妻との時間を大切に過ごしている=可児市桜ケ丘、上野さん宅
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「信頼できる先生がいなくなり心細い。市民病院は遠いし…」。今年4月に閉鎖された多治見市の共栄診療所(同市小名田町)の元患者は心配そうに話した。閉鎖の理由は、所長だった上野喬さん(80)=可児市桜ケ丘=の後任が見つからなかったためだ。
高齢の医師が地域医療を担い続けなければならなかった背景には、慢性的医師不足だけでなく、何でも診れるゼネラリスト(総合診療医)が育たないという、日本の医療の抱える問題が垣間見える。
1957(昭和32)年に開設された同診療所は、対象人口約6000人の共栄地区の医療拠点として特に高齢者に重宝された。しかし、昨年9月に上野さんが辞め、半年間の休診期間を経ても後任が見つからず閉鎖となった。
上野さんの専門は内科。65歳で多治見市民病院長を退職し共栄診療所長になった。同地区は交通の便が悪い場所ではないが、診療所周辺は高齢化率が高い。かつて陶磁器生産地として多くの若手労働力を集めたが、地場産業の衰退とともに車を運転できない高齢者が残された。高齢者にとって約5キロ離れた市民病院は遠い。
こうした地域事情の中で上野さんは「赤ひげ先生」と呼ばれる存在だった。とにかく患者の話をよく聞いた。「今は訴訟の問題もあり、無理して手術するのは互いに無益。代わりに24時間体制で診察し、そして話を聞くことが予防や慢性病治療になると思ってやってきた」と振り返る。
元患者の女性(88)は4年前、胸に痛みを感じ、早朝だったが診療所に駆け込んだ。上野さんは心筋梗塞(こうそく)と診断。搬送された県立多治見病院ですぐに手術を受けて助かり、今でも家業の経理を務めるほど元気な毎日を過ごしている。女性は上野さんについて「信頼でき、どんな話でも聞いてくれて安心できる存在だった」と話す。
高齢者の支持を受け、診療所は15年間黒字だった。「経営は成り立つと思うのにね」と上野さんは苦笑する。しかし10年前、3歳年上の妻が脳梗塞で倒れた。それでも診療所を続けたが、自身も80歳になり、ついに辞める決意をした。それを伝えた妻に「(結婚以来)50年ぶりに戻ってきてくれたね」と言われた。「気の毒なことをした」と上野さんはこの点だけは心残りだ。
後任が見つからなかったことについて上野さんは「今の若い医師は情けないと思うところはある。専門領域を目指す気持ちも分かるが、地域医療にゼネラリストは不可欠。そして奉仕の心ですよ」と強調する。
【医師の高齢化】
厚生労働省によると、2006(平成18)年12月現在、県内の医師の総数は3641人で平均年齢は48・6歳。全国平均の48・1歳をやや上回る。県内の65歳以上の医師は532人、うち80歳以上は133人。同省は近年、平均年齢の上昇が進んでいるとしている。
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