近畿、中部圏で起こる可能性がある内陸型直下地震による建物倒壊など経済被害の年間想定額は、近畿で七十四兆円、中部では三十三兆円に達するという。政府の中央防災会議専門調査会が試算、公表した。
近畿圏の被害額七十四兆円は、首都直下地震での想定百六兆円は下回るものの、政府の年間予算並みの数字だ。被害額の大きさに驚かされる。
近畿・中部圏の内陸地震は、今世紀前半に発生する可能性が高い東南海・南海地震の前後約六十年間に、複数回起こるとされている。
近畿圏の被害想定では、大阪府を南北に縦断する上町断層帯を震源として、冬の正午に阪神大震災を超えるマグニチュード(M)7・6の地震が起きた場合、死者は最悪で四万二千人と予想されている。
被災直後は、ライフラインが途絶し、二百九十万軒が断水する。停電は三百六十万軒で発生し、ガスは三百四十万戸で供給が止まる。電話は二百六十万回線が不通になる。復旧には四兆四千億円が必要だ。
交通網も寸断される。橋や高架の崩壊が、鉄道で六十カ所発生し、うち二十カ所が新幹線だ。高速道路も十カ所で通行不能と予想されている。列島の大動脈が分断されれば、日本経済は大打撃を受ける。復旧に半年かかれば、物流が滞るなどして近畿では三兆四千億円の損失が生じるという。
地震対策では、高速道路各社は二〇一〇年度までに補強や耐震化を終え、JRも本年度中に新幹線の耐震化工事を完了させる方針にしている。遅れは許されない。
深刻なのは建物の倒壊の数字だ。九十七万棟の建物が全壊し、直接被害の合計は六十一兆円に上る。倒壊した住宅が道路をふさぎ、消防や救急活動の妨げとなることも懸念されている。
大阪市内は現行の耐震基準を定めた一九八一年以前に建てられた木造住宅が密集している。耐震化や不燃化などのために公的な補助制度があることを住民にもっとアピールする必要があろう。
中国の四川大地震では、学校の倒壊で多数の児童生徒が被害に遭った。しかし日本でも学校の耐震化は進んでいない。耐震診断すら実施していない自治体もある。
建物や交通基盤の耐震化、市街地再整備など、地震に強い街づくりを急ぐ必要がある。国による財政面での支援も必要だろう。地震の到来は避けられなくても、被害を少なくする「減災」は可能だ。地域で防災への備えを万全にしたい。
厚生労働省は、中立的な立場で医療事故の調査に当たる第三者機関「医療安全調査委員会」設置法案の今国会提出を目指している。
医療事故の疑いがある死亡事例が発生した場合、警察の捜査や民事訴訟にゆだねられるのが現状だ。医師や看護師ら個人の責任追及に力点が置かれる。捜査当局の介入や医療訴訟の多発は医師の萎縮(いしゅく)医療や、医師不足を招く要因にもなっているとされる。医療の衰退を招くとの指摘も出されている。
医療事故の原因を探り、再発防止につなぐのが調査委創設の目的だ。厚労省が示した第三次試案では、調査委は政府内に置かれる中央委員会と全国八カ所の地方委員会からなる。メンバーは医師や法律家、患者側代表の有識者などで構成する。
現在、医師法の規定によって医療事故が疑われる場合には医療機関は警察に「異状死」としてすべて届け出なければならない。警察の捜査が優先される。これを新制度では届け出先を調査委としている。遺族も調査を依頼することができる。
調査の結果、医療機関側にミスがあれば調査委は再発防止策を提言することになる。医療の専門でない警察の結論に比べ、医療機関側は納得しやすいだろう。事件性が疑われるケースは警察に通報するが、故意や重大な過失が認められる場合などに限られる。
医療の質を高め、事故を引き起こさないためには刑事責任の追及など罰則重視でなく、原因究明と再発防止へ前向きに考えていく必要があろう。だが、医療機関側には警察に通報する「重大な過失」の判断基準が厳しくなりすぎないか、懸念の声もある。医療側、遺族側双方が納得できる調査委へ議論を深めなければならない。
(2008年5月16日掲載)