行き着けなくても一日一歩の気構えで。たそがれおやじの覚醒。
日暮れて途遠し



PLAYBOY2007.1月号(2006.11.25発売)
PLAYBOY INTERVIEW
佐藤 優 外交官
(昨日より続く)

「憲法第九条は、断固として堅持すべきだと考えています」

PB 佐藤さんの著作群を拝読すると、アメリカ、ロシア、 中国といった強大な国に囲まれた日本が生き延びて行くには、大東亜共栄圏や東アジア共同体といった大それた幻想を抱くのではなく、外交力を発揮して国益優先を図り、小さな国民国家に徹するのがよろしいと、要するにそういうことでしょうか?
佐藤 まあ、ごく乱暴に言えば(笑)

PB 極東の平和国家を目指すため、多くの人は国連外交や憲法を重視しますが、佐藤さんの場合は皇祖皇宗の伝統(笑)。そこが全然違います。
佐藤 ええ。国連は、頼れません。The United Nationsはそもそも“連合国”と訳すべきで、日本は旧敵国です、国際社会の認識は100年やそこらで変わらない。国連で力を発揮するには常任理事国になるしかないけれど、それは現在の5カ国が反対します。万が一なれたとしても、常任理事国には軍事的貢献が伴う。日本にメリットはありません。

PB だけど、多額の拠出金を払ってるし、拒否権のない理事国でもという声もある。
佐藤 拒否権のない常任理事国など何の力もないし意味もない。外務官僚がポスト欲しさに叫んでるマヤカシです。拠出金は経済力に応じた国際社会での冠婚葬祭費ですよ。

PB 平和憲法はどうです、これも反対?
佐藤 いや、憲法第九条は断固として堅持すべきだと考えてます。

PB そうなんですか?
佐藤 そうなんですが、護憲派の人たちとは理由が違う。仮に九条を改正して交戦権を認めた場合、誰が宣戦布告をするんですか?国事行為として天皇がやらざるを得ない。その戦争で、勝てばいいですよ。負けた時は、天皇が降伏声明を出すことになる。つまり責任を取ることになるんです。そうすると、勝者からの追及によっては天皇制が崩壊する可能性が出てくる。天皇制が崩壊して日本が共和国になるのが私は怖いんです。田中真紀子大統領とか杉村太蔵大統領なんかが平気で実現する国ですからね、日本は。私はそれが非常に怖い。
ひるがえって、権力と権威を厳然と分ける今の憲法はとてもいいと私は思うんです。戦争を放棄するという現憲法の仕掛けは、実は天皇制の保全と表裏をなしているわけです。
ちなみに私、いわゆる護憲派の大多数は嘘をついていると思います。本心は改憲派なんですよ。彼らは九条に関してのみ護憲であり、一条から八条までの天皇制に関する規定は改憲して共和制にした方がいいと思ってる。
一方、改憲派と称される人々は、ヘタクソな改憲をすることによって天皇制が崩壊するかもしれない、という危険性に気づいてない。
改憲派の人はよく「今の憲法は押しつけ憲法だ」と非難します。でも、大日本帝国憲法だって随分な押しつけ憲法でした。治外法権を享受してた欧米列強が「憲法のないような国には関税自主権を与えない」と言うから、イヤイヤ議会を開いて憲法を作ったんです。
しかもあの憲法はプロイセン憲法のコピー。
あの憲法にある統治権の総攬者(そうらんしゃ)という形の天皇は、果たして伝統的な日本の天皇か?私は、現在の憲法の中の象徴天皇の方が、日本古米の天皇像によっぽど近いと思う。
こうして眺めると、現在の憲法論議は、護憲・改憲の双方が自らのネジレに無自覚な、きわめて表層的な議論だと思います。

PB 佐藤さんは『自壊する帝国』の中で、「キリスト教がいい加減だから信じている」「いい加減な自分の身の丈に合っている」と述べていますが、日本の国体、つまり国家のあり方についても常々、「国体のよさはいい加減なところ」とおっしゃってますね?
佐藤 はい。伝統的な国体のありようは、14世紀の北畠親房の著作『神皇正統記』にすでに書かれています。

PB 南北朝時代の史論?
佐藤 ええ。日本の歴史上、天皇制が崩壊し皇祖皇宗の伝統が途切れてしまう危機は2度ありました。1回目は南北朝時代、2回目は60年前の敗戦の時です。南北朝時代は、大国・元が滅び、東アジアの秩序が激変して日本国内でも大変動が起き、国が真っ二つに割れかけたんですね。
『神皇正統記』は、戦前のインテリジェンス養成機関である陸軍中野学校でテキストとして使用された書物ですが、日本という国家の原理を、当時の世界、インド(天竺)や中国(震旦)と比較することによって明らかにしています。そこで、北畠親房は、日本は天皇をいただく神の国であり、内在性の中に超越性があるから、自己の原理を他者に押しつけない、宗教や文化について多元主義、寛容の精神を持っていると説いています。
天皇や大臣はあらゆる宗派の宗教を受け入れるべしと、一番いけないのは自分の宗派について知りもせず他宗派をそしることだと。仏教、儒教、道教にしてそうだから諸道雑芸においてはもっとオープンにすべし、と。要するにオールド・リベラリズムの論理ですよね。私は獄から出て『神皇正統記』を読み直し、このくだりを読んで本当に感銘を受けました。あの戦乱の世に、こういう他者理解、相互理解の発想があったのか、と。しかも、なお素晴らしいのは、北畠は当時の敵対する権力者足利尊氏のことを、「法もなく徳もなき盗人」
と堂々と本の中に書いているのに、尊氏が『神皇正統記』を焚書にしなかったことです。当時の足利尊氏の権力をもってすれば、焚書など容易なことです。ところが、殺し合いをしている相手側が書いた書物であっても尊重すべきは尊重すべしと、足利側にも寛容の精神があったわけです。
私はね、日本人がかつて待っていて、これからも持てるかもしれないこういう認識、こういう思想こそ、日本が広く世界に誇り得るものだと思うんですよ。

「鈴木宗男さんは、裏表がない人」

PB 佐藤さんは、日本の論壇の主流の左派市民派に対してはどうお考えですか?
佐藤 重要な存在だと考えています。日本では左派市民派の知的蓄積が圧倒的に大きいですからね。しかし、もう少しその関心を国益に向けていただきたい。そのために国体という違和感のある言葉をあえて使ってます。

PB 最近、“大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く”と副題のついた『日米開戦の真実』という本も出版されましたね。
佐藤 ええ。左派市民派も近過去のテキストを見直してほしい。そうすれば、我々がなぜあの戦争に陥ったか、この世界がいかに醜悪かつ非情かがわかり、「それでもやはり我々は生き残るべきだ」と思うはずです。その生き残り策は、現在の高い生活水準をそこそこ維持して、しかも世界から尊敬されるやり方が望ましい。地球上の多くの国にとってそんなことは不可能ですが、日本はそういう連立方程式を組める数少ない国の一つです。

PB そういう国作りのためには「国家の基本は安全保障と外交」と公言し、外務省の唯一の族議員として世界を飛び回っていた鈴木宗男氏のような存在も必要だった?
佐藤 はい。鈴木さんはとても賢い人で、外交のセンスも行動力も群を抜いていました。ああいう国会議員はもういません。

PB でも、よくない噂も多かった。
佐藤 私は付き合う前に一年間観察しました。ご飯の食べ方からお金の使い方、初対面の人との接し方から秘書や家族との接し方まで。その結果、基本的に裏表のない人だとわかった。もちろん、怒って怒鳴り散らしたり、連日高級料亭で接待したりすることはありますが、ふだん家族で食事に行くのは本当に近くのラーメン屋です。自分の子どもにも、お小遣いなど驚くほど少額しか与えない。全体的に質素堅実な生活スタイルです。

PB しかし、人間を“鷹”と“鳩”、“きれい”と“汚い”の4つの型で分類した時に、佐藤さん自身が鈴木さんを“汚い鳩”に区分けしてますよね。それはなぜですか?
佐藤 日本の場合、富の再配分は政治家が行います。国から公共事業を持ってきて、土建屋を通じて地元に金をバラまく。政治と金が絡む利権・腐敗の構造ですが、結果的に富の公平配分に結びつく。鈴木さんもそのシステムの中にいました。“汚い鳩”の所以です。でも、日本の保守派政治家の中でこのシステムから自由な人は一人もいませんよ。

PB 佐藤さんは、無力な“きれいな鳩”や冷酷な“きれいな鷹”よりも、鈴木さん的な“汚い鳩”の方がマシと言ってますね。
佐藤 私は波長が合うんです。ただし鈴木さんの名誉のために言っておきますと、鈴木さんは私と一緒だったロシア関連の分野では、個人の金絡みの行動はいっさい取ってません。それは一緒に働いた全員が知ってます。

PB 国後島のムネオハウス(友好の家)も、ビザなし交流施設や災害避難所として有効に利用されているそうですね。ところでお二人が尽力されたその北方領土ですが、まだ四島返還の可能性は残ってますか?
佐藤 残ってます。交渉の仕方次第です。なぜかと言えば、日本には「北方四島は絶対に自分たちのもの」という神話があり、ロシアにはそんな神話がないからです。この問題は、思想と思想の戦いであり、神話と神話の戦いなんです。法的論理とか歴史的論理の問題であれば、ロシアも負けず劣らず論理を組み立てて立ち向かってきます。しかし、論理を超越した神話の戦いならば、ロシアは最終的にうっとうしくなって返そうと考える。

PB 著書で、「プーチン政権の中にブルブリスのような人物を見つけ、味方にせよ」とおっしゃってますね。ブルブリスはエリッィン大統領の側近で「北方四島はスターリン時代にロシアが日本から盗んだ領土」と初めて認めた。「ロシアの名誉のため、日本人がいらないと言っても四島を返す」と。
佐藤 そうです。ただし、「スターリンの負の遺産」という切り口では、最近急速に帝国主義化を強めているプーチン政権は動かないかもしれない。プーチン政権には、ユーラシアの地政学という観点が有効でしょう。

PB プーチンがユーラシアに新たなロシア帝国を築くと、北方四島はそこから外れる?
佐藤 外れる可能性がある。だけど、そのためにはファジーな緩衝地帯が必要で、それがサハリンです。サハリンには日本とロシア双方に非常に特殊な歴史的経緯があります。
ロシアは最近、日本などの外国資本によるサハリン沖の石油・天然ガス開発事業“サハリン2”を、環境保全を理由に凍結した。
であればハサハリンの環境破壊が深刻なのは明白なので、ロシアのクレームを逆用し、日本は。「一緒に環境保全しよう。ノウハウは持っている」と申し出るべきです。そして、それを契機にドンドンとサハリンに入り込み、実質的に日本・ロシアの共生の地にする。

PB しかし、外務省は何もしてません。
佐藤 考えられないことです。鈴木さんや私が現役なら完全に先手を打ってました。
知床を世界遺産にする時だってそうです。知床半島から北方四島を経てウルップ島まで同じ生態系なのだから、まとめてロシアと共同申請すればよかった。登録されれば、帰属問題と切り離して日本が入り込める。実際には、金と環境技術と島に対する熱い思い入れを持った日本による単独に近い管理です。

PB 佐藤さんは、アイヌ民族の先住権を認定することも重要、と主張されてますね。
佐藤 非常に重要です。アイヌが北海道、北方四島、千島列島やサハリン全域に住んでいたのは歴史的事実です。しかも、少数民族の先住権を認めるのは国際的潮流。このアイヌの先往権を日本とロシアの双方が認めれば、北方四島は日本の土地になります。なぜなら、現在アイヌはロシアではなく、日本にのみ居るからです。

PB しかし、外務省は、アイヌ民族の問題をこれまで避け続けてきた(笑)。
佐藤 どうしょうもない役所です(笑)。

原稿を書いた後はコーヒーかダイエットペプシ

PB 佐藤さんはアルコール度数が40度のウオトカを毎晩のように20〜30杯イッキ飲みしても、まったく平気な酒豪ですよね?
佐藤 親からもらった体質です。

PB ご自宅でも、ひと仕事終えた後はウオトカですか?
佐藤 いえ、晩酌はしないです。ウチには酒類が全然ないんです。一滴も。

PB では、原稿を書き上げた後は?
佐藤 コーヒーかダイエットペプシです。

PB ダイエットペプシ!(笑)
佐藤 飲む時は、最近は家内と一緒に駅の近くの串焼き屋に行って、焼酎を飲んでますね。つくねとレバーが絶品なんです(笑)。

PB 再婚されて問もないので伺いにくいのですが、女性の方面は?(笑)
佐藤 関心はありますけど、臆病ですね。

PB でも、仕事量やアルコール許容度が超人的ですから、性的体力も……。
佐藤 そんなに強くないと思いますよ (笑)。私、食欲と性欲と睡眠欲の中では、おそらく睡眠欲が一番強いでしょうね。

PB 3時間半が4時間に延びれば幸せ?
佐藤 そりゃあ、幸せです(笑)。でも、このところなかなか4時間は取れません。

PB 佐藤さんにとって、日常で一番ホッとする時間というのはどんな時ですか?
佐藤 時期によっても違うんですが、今は、駅のそばのドトール・コーヒーでいつもの大きなテーブルに向かい、アメリカン・コーヒーを飲みながらノートを拡げ、あれこれと考えている時ですかね。昨日食べたものとか、その日の予定、これから書くこと、 考えたことなどをノートに整理している時です。

PB これから取りかかる予定の仕事というのを、教えてください。
佐藤 取りあえず仕上げたいテーマが二つあります。一つは、ヤン・フスという15世紀に宗教改革を唱えて火刑になった神学者がいるんですが、彼の教会論をラテン語から日本語にキチンと訳しておきたいんですよ。

PB すみません。そのヤン・フスの教会論の訳によって、何がわかるんですか?
佐藤 なぜ中世が崩壊して近代というシステムが出てきたか、がわかります。つまり、資本主義のそもそもの母体の話ですよね。

PB はぁ。根源的ですね。二つ目は?
佐藤 二つ目も原理になるような理論の研究です。マルクス主義の再整理、特に「資本論」の読み直しをもう一度しっかりやりたい。マルクスの「資本論」は、社会主義への必然性という組み立てで読むとかなり無理があります。むしろ、資本主義システムがいかに強いか、という文脈で読み解いた方がいい。その点、日本には、宇野弘蔵の宇野経済学という独特のマルクス経済学があります。これを私なりに解釈すると、資本主義システムは自立して永続する、壊すのは簡単ではない、無理に壊そうとすると歪曲した、資本主義よりもっと悪い体制が生まぃてくる、という論理です。
で、そんな「資本論」の解読作業をやると、今の世の中の基本構造がわかってくる。アメリカの新自由主義や市場原理主義も、「資本論」の読み直しによって理解できるようになる、と、こういう方向を狙ってます。一冊目の『教会論』はあまり商売にはならないですが、『資本論』の再読なら多少は商売になるんじゃないかって、コスイことも考えてます。

PB 『資本論』で商売、ですか(笑)
佐藤 ええ。『資本論』は団塊世代を中心に私らの世代までかなり読まれてますからね。

PB いずれにしても、佐藤さんが物事を常に根源から考えておられることはわかりました。4時間睡眠が当分無理なことも(笑)。
佐藤 やはり、無理でしょうか(笑)。



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コメント
 
 
 
Unknown (ひなたみどり)
2006-12-27 07:08:14
管理人様
いつもありがとうございます。
佐藤氏の著作に関しては、経済の許す限り書籍や雑誌は買うようにしていますが・・このPLAY BOYだけは立ち読みもできなくて(笑)
とても良いインタビューですね。インタビューアーの足立氏の書かれるものも好きなので2倍楽しめました。
こんなことを書くと怒られてしまうかもしれませんが、佐藤氏は食べもの関係のライターになられても頭ひとつ飛び出ると思います。著作のあちこちに登場する食べもの関係のお話がとてもとても素晴らしいのです。細部にわたって良く知っていらっしゃるし、何よりも食べることが好き、という感覚が伝わってきますね。これは相当な才能だと思います。獄中記にも書かれていらっしゃいましたが、「檻のなかのグルメ」ぜひ、お願いしたいです。こんな事恥ずかしくて・・岩波にリクエストなど出せませんが・・。秘かに楽しみにしています。私は15冊買って知り合いに配りますよ!
 
 
 
足立倫行氏などのこと (管理人)
2006-12-27 23:14:02
ひなた様こんばんは。
そうですね、PLAYBOYを読んだ(見た)のは私も何十年ぶりのように思います。でも力の入った記事が多いと思いました。本日森達也氏の記事も載せてしまいました。一読ください。
nudeは老舗ですが、アメリカの作り物みたいな写真はどうもだめになりました。年のせいでしょうか。今時珍しくもない代物なのでこれを見るために買う人いないのではないかと思うのですが、どうなんでしょう。週刊現代もやっと時代遅れのヘア・ヌードやめてくれましたが、決断遅すぎ。ついでにマンガも紙のムダで止めて欲しい。
ところで、足立氏が集英社の記者かと思ったのですが、違いましたね。ひなたさんのご指摘で分かりました。さすが一味違いますね。
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ノンフィクション作家:足立倫行
1948年、鳥取県境港市生まれ。早稲田大学政経学部中退。週刊誌取材記者を経てノンフィクション作家となる。「人、旅に暮らす」でデビューし、紀行ドキュメントや人物ルポルタージュに腕をふるう注目の作家。


 
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