「ヤッホー。よう来た、よう来た」。ベレー帽がトレードマークで、とにかく明るく元気な人だった。府中市上下町の丘の上に建つMGユースホステル。若者らの簡易な旅宿として人気を誇った。お目当ては、何といってもペアレント(管理人)の森岡まさ子さんだった。夕食の後に行われるホステラー(宿泊者)の交流会「ミーティング」で、森岡さんの話を聞くのが何より楽しかった。ホステラーを「MGっ子」と呼び、森岡さんを「ママ」と慕った。宿泊数は三十万人を超すという。
森岡さんがユースホステルを開設したのは半世紀前。広島で被爆した夫の養生のため、温泉がある上下町に来たのが縁。当初は土産物店を兼ね、雑魚寝に近かったと聞いたことがある。そこで森岡さんは若者らに夫の被爆体験をもとに、戦争のはかなさ、平和の大切さをとつとつと語り始めた。口コミで広がり、気さくで温かい人柄が全国の若者を引きつけた。
モダンな人だった。同町は田山花袋「蒲団(ふとん)」のヒロインのモデルとされる岡田美知代の出身地。森岡さんと美知代はそのハイカラさから似通っていると思っている。
夫の遺志を継ぎ語り部として、“ノーモアヒロシマ”を伝え続けた。七十歳を超えても、原爆を落とした米国に出向き、反戦・平和を訴えかけた。十三日、ご主人のもとに旅立った。九十八歳だった。「ヤッホー」の声はもう聞かれない。ご主人と同じ職業だったこともあり、とてもよくしていただいた。ご冥福をお祈りいたします。
(笠岡支社・浅沼慎太郎)