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ガダルカナル島

 日本から約6000キロ離れた南太平洋に浮かぶソロモン諸島の島の1つ。1942年8月、米軍に同島の飛行場を奪われた日本軍は3万人以上の兵士を投入。約2万1000人が戦死、半年後の43年2月に撤退した。補給路を断たれ、日本兵の死者の多くは餓死や病死だったとされている。日本軍の中核となった歩兵第124連隊約4000人のうち約3200人がガダルカナル島で戦死した。

最後の遺骨収集 「幻の記章」戻る ガダルカナル 福岡124連隊 遺族ら発見 黒田長政の兜デザイン 市博物館へ寄贈

2005年09月15日掲載)

 ■戦後60年■
 太平洋戦争の激戦地ソロモン諸島のガダルカナル島で戦死した日本兵の遺族、上村清一郎さん(73)=福岡県甘木市=らが、同県出身者を中心に編成された陸軍歩兵第一二四連隊の兵士が服につけていた記章を今年六月発見し、十五日、福岡市博物館に「寄贈したい」と手渡した。同博物館によると記章の発見は初めて。遺族は高齢化が進み、同島で最後の遺骨収集中だった。上村さんは「無念の死を遂げ六十年以上野ざらしにされていた遺骨が見つけさせたのではないか」と語った。
 記章は縦約三センチ、横約二センチの金属製で、水牛の角をモチーフにした福岡藩主黒田長政の兜(かぶと)のデザイン。福岡市の筥崎宮に掲げられている「敵国降伏」を略した「伏敵」の文字が刻まれている。
 六月二十三日、第一二四連隊などが守備にあたっていたとされる山の中腹で上村さんら遺族三人が、遺骨や時計、ハサミなどの遺品とともに見つけ、日本に持ち帰った。市博物館によると、第一二四連隊員が身に着けていたことは帰還兵らの証言で知られていたが、実物は確認されておらず、貴重な歴史資料という。
 上村さんたちは一九九三年十月、遺族や元兵士約百五十人で福岡ホニアラ会を結成。ほぼ毎年、現地を訪れて遺骨収集や慰霊祭を行ってきたが、会員の高齢化のため、遺骨収集は今年が最後。記章の発見は九月十三日、福岡市中央区にある第一二四連隊慰霊碑前で開かれた同会の慰霊祭で遺族らに報告された。
 同会によると、同島のジャングルには木にもたれたまま白骨化している遺体などがまだ無数に残っているという。元隊員の砥板藤喜さん(86)=同県筑前町=によると、撤退前の四三年一月ごろには、道路の両わきは衰弱した兵士で埋め尽くされていたという。砥板さんは「やわらかい所から食べるウジが、衰弱した兵士の口の周りにたくさんわいていたが、兵士たちは取り除く力もなかった」と振り返る。
 上村さんは「高齢化した私たちが、これ以上遺骨収集を続けるのは難しい。(記章の発見は)『オレたちはここにいるぞ』と訴える遺骨の叫びが届いたのかなあ」と感慨深げに語った。

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