「医療介護難民は11万人」―療養病床削減問題

 自民党の「療養病床問題を考える国会議員の会」(会長・中山太郎衆院議員)が5月14日に開いた会合で、厚生労働省の担当者と現場の医師、国会議員が療養病床削減問題をめぐり激しい応酬を繰り広げた。「介護療養型医療施設の存続を求める会」の吉岡充・上川病院理事長は、「厚労省の話を聞いていると頭に血が上る。介護療養型病床の削減により11万人の医療・介護難民が出るだろう」と述べ、介護療養型病床の存続を訴えた。(熊田梨恵)

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 国は、医療費の抑制を目的に、2012年度末をめどに、いわゆる「社会的入院」が多いと指摘される療養病床37万床について、医療保険適用の医療型病床を25万床にまで減らし、介護保険適用の介護型病床を全廃する方針を打ち出している。このため、療養病床には5月に創設した介護療養型老人保健施設への転換を勧めている。しかし、現場からは入院患者の行き場がなくなることへの懸念による反発が多く、「現在入院している患者のニーズを満たせない」として、介護型は医療型へ転換し、医療型は回復期リハビリテーション病棟へ転換するなどの動きが各地で見られ、厚労省の思惑通りには進んでいない現状がある。「国会議員の会」は、介護療養型病床を有する病院で医療ソーシャルワーカーとして働いた経験のある飯島夕雁衆院議員が中心となって、この問題を解決するために議論を続けてきた。

 厚生労働省からは、老健局の鈴木康裕老人保健課長と、矢田真司老人保健課地域ケア・ 療養病床転換推進室長が、介護療養型老人保健施設(老健)の概要を説明した。特に夜間の看護師配置については「『えいや』と鉛筆で決めるのではなく、入っておられる方にどれぐらいの医療行為が必要なのか、時間がかかるのか、どのぐらいの看護職員の業務量が必要なのか、計算して決めさせていただいた」と述べた。療養病床の転換を進めるために次々と打ち出した緩和措置についても説明し、「データに基づくやり方でやらせていただいた。今後の状況を見て必要に応じて見直しを行いたい」と締めくくった。

 東京都内で介護型の療養病床などの慢性期病床を運営する吉岡理事長は、「鈴木課長のおっしゃることは、頭に血が上り、鼻血が出そうだ」と怒りをあらわにし、「介護療養型医療施設の患者は『要医療・重介護の高齢者』。この状態を受け入れられるのは介護療養型医療施設だけだ」と訴えた。介護型療養病床に入院する患者の要介護度はすべての施設類型の中で最も重く、入院患者のうち要介護5の患者が老健の3倍以上で52.5%を占め、みとりも7倍あり、重度の認知症患者も多いなど、医療行為の必要性が高いと主張した。
 その上で、「存続を求める会」が実施したアンケートを基に、10万床ある介護療養病床が廃止されると5万3000人の患者が、医療型療養病床からも5万5000人以上が行き場を失うとして、「医療・介護難民は11万人に上る」との試算を示した。また、厚労省が療養病床再編の根拠としている、医療型と介護型の入院患者の状況に差がないとするデータについても、「作為的にデータの意味をすり替えたねつ造」と指摘した。また、介護療養型老健に転換した場合、スタッフの人数を減らさなければ総利益率が6.1%のマイナスとなり、「20%近い減収になる」とした。吉岡理事長は、「明らかに介護療養型医療施設は必要。国民の多くもこの問題を知らないため、いったん廃止するか延期するかして、費用負担やどういう死に方を望むのかなど、国民とともに考える時間をつくってほしい」と主張した。
 「存続を求める会」の医師から、介護療養型老健への転換について「現実的にはできない状態。職員を減らす、(医療依存度の)軽い人を入れるというのは現場を無視した制度。患者の行き場がないのだから、それを考えてからやってほしい」とする意見や、「(療養病床再編は)医療費削減につながるという説明があったが、(介護型療養病床は)本来介護保険制度から出ているのだから、医療費削減につながるというのは詭弁(きべん)」とする意見が上がった。

■「なぜいまさら特典が付くのか」
 
意見交換では、司会の飯島議員が「厚労省の説明と、『存続を求める会』とでは意見がだいぶ違っている」と述べ、議員からの意見を求めた。

 松島みどり衆院議員は、療養病床削減により慢性期患者の受け入れ先がなくなることで、受け入れ不能などで疲弊する救急医療にさらに混乱を招くと指摘。「救急病院や救急車が(患者で)いっぱいになることを考えれば、療養病床削減の方がコストも掛からない」と述べ、療養病床の存続を求めた。

 亀岡偉民衆院議員は、転換のための緩和措置が次々と打ち出されていることについて、「後から後から特典を付けているが、なぜ最初からできなかったのか」と指摘。鈴木課長はこれに対し、介護保険制度創設時に目指していた、療養病床における医療と介護のすみ分けが、実際にはうまくいっていなかったためだと主張した。「われわれの立場からすると重装備なところには重い方が入り、介護保険の施設には介護の必要な方が入る。機能分化が必要ということ」と述べた。
 亀岡議員は「あくまで『機能的』と言うが、『機能的』ではない結果になっているということでは」と尋ね、鈴木課長は「混在していると、機能的になっていないということ」と答えた。

 現場の医師からは、厚労省が療養病床削減の根拠としているデータの分析のやり方に意見が出た。「分析の仕方である程度どうにでも振れる。分析の仕方を厚労省とわれわれが一緒にやっていくともっと現場の状況が分かる。厚労省は、財務省や国会議員の一部の偏った政策のために、とばっちりが来ているように思う。一番大事なのは骨太の(方針2006の)2200億円削減方針、それを根本から見直すこと」と述べた。

■「国は現場を見ていない」
 
原田けんじ衆院議員は「アンケートとか言うが、実際に現場の病院をどれぐらい見ているのか。前々から気になっているが、国の役所は現場を見ようとしない。数字とか『財務省からこう言われて予算に合わせないといけない』とかじゃなくて、実際に現場を見て、話をしている例はどれぐらいあるのか」と聞いた。
 鈴木課長は「どれぐらいというのは難しいが、わたし自身も課の人間もいくつか行っている。現場を見ることや聞くこと、データやアンケート、そういう実態を踏まえることは必要だと思っている。数字に合わせるために現実を曲げているということではない」と主張した。
 亀岡議員は、「入っている入院患者を見て、そんな簡単に介護と医療のすみ分けが、『機能的』にできたのか」と尋ねた。鈴木課長は、「われわれが見た施設は、ここにおられる先生方の施設を中心にうまくやっておられるところが多かった。だが、日本全体のマクロで見ると、医療保険の医療療養病床と、介護保険の介護療養病床が本来の趣旨通りの分担になっていなかった。重装備のところには重い人を、そうでない人は介護保険施設に、と思うが、今の介護保険施設では無理なので、施設を移ることなく、看板を付け替えていただくということ。入っている方を地域に無理やり出すとかではない」と答えた。

 これを聞いた吉岡理事長は語気を荒らげ、「要医療で重介護の人の行き先がないということ。これがポイントなんだ。これが厚生労働省は分からない。だから鼻血が出そうなんだ」と訴えた。
 議員に返答をせかされた鈴木課長は、「『要医療・重介護』がどの方たちを指しているのかということがある。介護が重ければ介護サービスが高い所に入っていなければならない。医療の必要性として、どの程度の医療が必要なのかが非常に重要。医療区分3の人ならば、病院でないととても扱えないので医療療養が必要になるだろう。介護が必要な人でも介護だけということはないので、夜吸引が必要という人もいる。どの程度医療が必要かということだ」と返答した。

■「根本的にやらなくていい制度」

 
飯島議員も、介護療養型老健について「医師配置が1名プラスアルファとなっているが、24時間医師が要るなら3人は必要。まるっきり現場の認識と違う」と指摘した。

 元脳外科医でケアマネジャーの資格も持つ清水鴻一郎衆院議員は、「原点に戻って考えていただきたい。医療と介護は切り離せない。両方必要な人がいるため、『介護が必要だが、医療も必要なために病院にいる』という区分ができたことは介護保険ができた時のヒットで、国民に安心を与えた。表にすると差がない、というが、国民のニーズに応えてきた。本当にこれ(介護型療養病床の全廃)を実施する意味があるのか、国民が幸せになるのか、もう一度考える必要がある」と述べた。また、後期高齢者医療制度で国民から不信を買っていることにも触れた。「長く生きてこられた方の人生のプライドを傷つけたかもしれない。国民の75歳以上にとってうれしくない制度だったのは事実。これ(介護型療養病床の全廃)が進むと自民党は高齢者いじめと言われ、山口の補選でも負けたが、選挙にならないぐらい厳しくなるだろう。いろいろ言っても、根本的にやらなくてよかった制度が、医療費削減のためにやられていると国民には見えてしまう。2200億円の命題があるのは事実で、財務大臣はどうしてもやるという方向にあるので、根本的な考え方がどうなのかということ」と述べた。

■療養病床再編への流れは「財政改革優先路線」
 
税制調査会長の津島雄二衆院議員は、「(2200億円削減を)来年やるということは決めてない」と述べた上で、厚労相を務めた2000年の介護保険創設当時を振り返った。
 「医療と介護の両方が必要な人がいるという議論をしっかりしなかった。当時の発想は、それぞれの制度(医療型と介護型)を立てたのでその機能を発揮できるようにするにはどうすればいいかということだった。医療は健保組合、政管健保もある。しかし介護保険は自治体がベースになるので、責任は厚労省ではなく自治体が取るべきという考え方に流れてきた。そのうち実態が違うと分かってきて、療養中心か介護中心かに分けようとした傾向がある。なぜそうなったかというと財政改革優先路線だったということだ」と述べ、異なる保険制度で療養病床を区分し、再編に進む現在の流れが財政に主導を取られていると明言した。
 さらに、「少子・高齢社会で医療や年金の負担が上がるのは日本の宿命と認めて、向き合うことが必要。それをやらないで与党も野党もごまかしている。野党も毎年2兆円ずつ経常的に増える社会保障給付費用について、無駄を探せば2兆円できると言って逃げてしまう。これが続いているうちは日本の福祉制度の構築は難しい。この日本を悪くしている。来年度予算編成の最大の問題はシーリング、特に厚労省のシーリングだ。これは現職の官僚に言っても駄目なので、わたしたち政治家が党内外で政治生命懸けてやる仕事だ。仮にシーリングをなくすなら負担と向き合わなければならないが、誰が国民に向かってその問題を対話できるかが問われていく。この問題(介護型の全廃)も実態に合うように取り組んでいくし、少しは(厚労省の)担当者にもやりやすいようにしてあげたい」と述べた。

 「国会議員の会」は、次回も厚労省との意見交換を予定しており、今国会会期中に療養病床削減の問題についての提言を取りまとめる予定だ。

                   ■ ■ ■

 自民党としては衆院解散・総選挙をにらんで、「失策」と批判される後期高齢者医療制度の二の舞いを演じるわけにはいかず、社会保障費2200億円削減の方針については党内でも意見のばらつきも聞かれる。後期高齢者医療制度でも負担軽減の議論が始まった。一方で、経済財政諮問会議が「骨太方針2008」の検討に着手し、財務省の財政制度等審議会も「建議」の議論を始め、09年度予算編成に向けた攻防の火ぶたは切られた。舛添要一厚労相は「2200億円のマイナスシーリングは限界」との発言を繰り返しており、2200億円の削減を回避できるかに注目が高まっている。厚労省も今年度中に、療養病床再編の方向性をまとめ、全国医療費適正化計画に数値を盛り込まねばならない。
 さまざまな思惑が交錯する中で、継ぎはぎだらけの制度によって被害を受けるのは高齢者とその家族、現場の医療・介護従事者だ。しかし、この問題を知る国民はまだ少ない。
 「存続を求める会」は行き先のない医療・介護難民は11万人に上ると試算した。団塊の世代の高齢化も控える中、政治家と官僚がこの数字にどう応えるか、許された時間は少ない。


更新:2008/05/15 20:07     キャリアブレイン

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08/01/25配信

高次脳機能障害に向き合う 医師・ノンフィクションライター山田規畝子

医師の山田規畝子さんは、脳卒中に伴う高次脳機能障害により外科医としての道を絶たれました。しかし医師として[自分にしかできない仕事]も見えてきたようです。