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ドル為替本位制は崩壊しない

サブプライム発の米国凋落論に行天豊雄氏が反論

問 つまり、ユーロがドルに取って代わるのは容易ではない、と?

行天 ええ。そもそも、ある通貨が世界の基軸通貨になるためには、その通貨の発行国の総合的な国力が最も大きく影響します。加えて、その通貨がどのような中心的な市場を持っているかということも非常に重要な要因です。

基軸通貨の変更には市場の力関係も影響

 かつての基軸通貨の英ポンドがその地位を米ドルに明け渡すまでには大変に長い時間がかかっています。総合的な国力で米国が英国を追い越したのは19世紀末とされていますが、基軸通貨としてドルがポンドに完全に取って代わったのは第2次世界大戦後です。つまり、50年以上も経っているわけです。

 なぜ、こんなにギャップ(乖離)が生じたのか。

 最大の要因は、ドルの中心的な市場である「ウォールストリート(米ニューヨーク)」とポンドの中心的な市場である「シティー(英ロンドン)」との関係にあったと思います。確かに米国は19世紀末に国力で英国を上回りましたが、ウォールストリートは20世紀前半を通じて世界最大の金融市場としての地位をシティーから奪うことはできませんでした。この金融市場としての両者の力関係が基軸通貨の移行にも大きく影響したのではないでしょうか。

 翻って、現在のユーロとドルの関係はどうか。

 実は、ユーロは“自分”のマーケットを持っていないのです。本来ならユーロの中心的な市場はECBのある独フランクフルトのはずです。ところが、実際にユーロのマーケットとして動いているのは、ユーロ圏外の英シティーです。英国は恐らく予見し得る将来においてユーロには加わらないでしょうから、いわばユーロはシティーから市場機能を“借りている”ことになるわけです。

 この事実は非常に興味深い。と同時に、ユーロのような自らの中心的な市場を持たない通貨が世界の基軸通貨になり得るかという問題意識も生じる。

 そして、仮に現在の状況が続くとすれば、ユーロとドルの将来を予見する場合には、それぞれの中心的な市場であるシティーとウォールストリートとの力関係を比較することになります。つまり、シティーがウォールストリートを名実ともに凌駕できるかどうかを考える必要があるわけです。そうすると、どうでしょうか。その実現にはまだ相当の時間がかかるのではないでしょうか。

 もちろん、今回のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題でウォールストリートがかなりのダメージ(打撃)を受けたのは事実です。しかし、だからといって、シティーがすぐにウォールストリートに取って代われるとは思えません。現に、今のところその兆候は見られません。

 最近、米国のポールソン財務長官が金融システムや金融監督システムの再構築に取り組む姿勢を明らかにしましたね。かなり政治的にセンシティブな(神経質な)内容も多いため、通常なら大統領選挙前に政府要人が発言する話題ではないのですが、それでもポールソンが敢えてそれに言及したのは、やはり彼が「ウォールストリートの長期的な優位性を何としても守らなければいけない」といった並々ならぬ決意を持っているからではないでしょうか。

 結局のところ、シティーとウォールストリートの力関係を見ていくうえでは、米国経済がいかに今回の危機から立ち直るかにかかっているのだと思います。

世界経済はしばらく不安定な状況が続く

問 米国経済は復活するでしょうか。

行天 その問題については良いシナリオも悪いシナリオも書けますね。ただ、米国経済がこのままズルズル衰退していくとは考えにくいですね。

 今回のサブプライム問題に端を発した景気後退も、「年内には底が見える」と指摘する人も結構います。例えば、サブプライム問題を当初から深刻視していたサマーズ元財務長官なんかも、最近になって「そろそろ」といった趣旨の発言をし始めていますから。必要以上に悲観視することはないでしょう。

 もっとも、今回の危機の背景には米国経済の構造的な根深い問題があるのも事実です。いわゆる「過剰消費」と「過少貯蓄」の問題です。あるいは「米国の資本主義があまりにも金融主導になり過ぎている」といった問題もある。今後こうした問題が軌道修正されるかどうかを注視していく必要があります。

 半面、それとは矛盾するようですが、実は米国経済の軌道修正は現実的には難しいといった問題もあります。例えば、米国の過剰消費が世界経済とりわけ新興国経済の成長を牽引してきたのは紛れもない事実です。仮に米国が過剰消費をやめたら、どの国がその代役を務められるのか。現状では「代役不在」と言っても過言ではない。つまり、米国経済の軌道修正は世界経済の停滞を招く恐れもあるのです。そうすると、そんなリスクを負ってまで「米国経済の健全性の回復」を誰が唱え、誰が実行するのか。これは非常に難しい問題です。

 とすれば、想定されるシナリオはこうです。すなわち、米国は今回の危機を克服した後も、その経済構造を根本的に改めることなく、現状のシステムを続けていく、あるいは続けていかざるを得ない。しかし、それでは将来に禍根を残す。世界中に米国発の過剰流動性が様々な形で水溜りのように残存しているわけですから。いつ何時、その水が溢れるか分からない。そして、その水がどこに向かい、どんな現象を引き起こすのか。インフレか、バブルか。いずれにせよ、世界経済はしばらく不安定な状況が続くのではないでしょうか。

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日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

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